大好きな高知出身の歌手・三山ひろしに新曲がでました。『花恋歌~はなれんか~』(作詞・かず翼、作曲・弦哲也、編曲・伊戸のりお)。軽快で明るいミラクル・ボイス炸裂のライト演歌です。みかん山で剪定をしながら練習してます。
♪ (1番出だし)「惚れたあなたに 注がれる酒は/熱い情けの 味がする」~
♪ (3番出だし)「苦労背負いの 人生坂を/ふたり寄り添い 上ります」~
わたしたちは「人生坂を 下ります」ですが。でもまあ下り坂でも、上り坂を登っているときには見えなかった景色が見えて、それなりにいいもんです。
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ところで、話は変わりますが、(寒い冬のせいもあり、コロナの影響もあるでしょうが)俵津から人影が見えなくなりましたねえ。かつて殷賑を極めた大浦の祇園町も、八千代座(映画館)を中心にした脇の繁華街(!)も、すっかり無人の通りになってしまいました。「50年後には、俵津から人がいなくなる」と言った人がおりましたが、あながち戯れとも思えなくなりました・・。
日本の人口も、2008年の12800万人をピークに減少局面にあります。(内田樹さんのブログの記事によれば)厚労省の2100年(今から80年後)の試算では、高位推計で6800万人、中位推計で4800万人、低位推計で3800万人。「たぶんこのくらいで落ち着くだろうという中位推計で考えれば、22世紀のはじめには5000万人を切っている。今から80年間で7600万人減る。年間90万人ペースだ。」。高齢化率でも、2065年で38・4%(3人に1人が65歳以上)。
増田寛也編著『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』(中公新書 2014)によると、2040年の西予市の人口推計は23358人(若年女性人口変化率-61・4%、同人口1238人)。2021年12月末現在の西予市の人口は35876人。
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これらから想像をめぐらせば、俵津の未来は絶望的、でしょう。
「明浜町における人口等に関するもので、一番古い記録として残っている俵津浦地蔵院縁記」によると、今から1200年ほど前の宝亀2年(771)俵津浦の戸数は10戸だったといいますから、推定で40人くらいだったと『明浜町誌』は言っています。
50年後、あるいは今世紀末には、また、そこから俵津は始めなおさなくてはならない時代になるのでしょうか。
(俵津の人口がゼロになることはないと思います。この美しい里を愛する人間は必ずいて、ささやかでもほそぼそとでも、愉快に暮らしていくことでしょう。)
この事態を食い止める「なすすべ」は・・、おそらく・・、ないでしょう・・・。
わたしたちにできるのは、現状に少しだけ抗うこと、だけでしょう。斧をふりかざす蟷螂のように挑戦することだけでしょう。
それを、すこしだけ、書いてみます。(スケッチだけです)。
1・意識革命
まず、わたしたち一人ひとりの「こころがまえ」(思い直し)みたいなものが必要のように思います。
● 人の足を、引っ張らない。
● 出る杭を、打たない。
● 噂話・悪口に明け暮れない。
● ひとが入ってきやすい、住んでみたくなる、明るい開放的な精神風土をつくる。
● 1日10分、俵津のことを考える習慣をつくる。
● かつてあった「ゆい」の精神をとりもどす。
● 「コモン」へ思いを致す。
2・決め手は、自治センターの専従員
間もなく、公民館が「自治センター」になります。そこには新たに「まちづくりの専従者」がおかれることになります。若い優秀な方を、俵津全住民が三顧の礼を払ってでもさがし迎えること、これが大切だと思います。
あえてもう一つ言えば、市議会議員をもう一人俵津から出し、「三人のまちづくり専従者体制」をつくりだすことです。
3・「俵津まちづくり」のポイント
● 山
● 海
● 桜
この三つを活かして、暮らしを成り立たせ、快適に過ごせる暮らし方を、みんなが考える。住みたくなる魅力的な町を創る。
4・先祖・死者と共に
わたしたちは、ご先祖様や亡くなられた方たちの力も借りなければなりません。
柳田国男は『先祖の話』の中で、こんな日本人古来の霊魂観・死生観を日本の民俗伝承をもとに抽出して結論しているそうです。
「人は死ねば子や孫たちの供養や祀りをうけてやがて祖霊へと昇華し、故郷の村里をのぞむ山の高みに宿って子や孫たちの家の繁盛を見守り、盆や正月など時をかぎってはその家に招かれて食事をともにし交流しあう存在となる。生と死の二つの世界の往来は比較的自由であり、季節を定めて去来する正月の神や田の神なども実はみんな子や孫の幸福を願う祖霊であった。」(新谷尚紀氏の同書解説、ちくま文庫全集13)
わたしはこの考え方、とても好きです。ふるさとの発展を願うご先祖様たちと交流する道を探らねばなりません。
5・基金
「まちづくり」には、お金が必要です。農協と郵便局に口座をつくり、基金を募りませんか。俵津住民、俵津出身者、俵津と縁をもってくださっている方たち、さまざまな方たちからお志を賜りましょう。
6・国政の変革
人口の減少はもう止めることはできないでしょう。だとしたら、できることは、東京一極集中政策をやめ、国民が日本列島全域に分散して住む、ということしかありません。首都直下地震や南海トラフ地震、ウイルス感染症などの被害を最小化するためにも、今すぐの政策転換が必要な時代になりました。これは政党政派に関係なくやらなくてはいけないことです。
声を上げなければ。
※ 俵津地区以外の読者の皆さんは、「俵津」を自分の地区名にして、自分の町の話として考えてみてください。
(2022・2・7)