虹の里から

地域の人たちと、「まちづくり」について意見を述べ合う、交流ブログです!

地方は、そろそろ「自民党」から“離脱”する秋(とき)ではないだろうか?!(シン・二ホンへ!⑤)ーつづき

 さあ、話を続けましょう。ネットを見ていたら、こんなツイートを見つけました。

「日本と時を同じくして、ドイツの首相も交代する。ヨーロッパ最大の国を16年間に渡って率いた女性物理学者・メルケル首相。華美な生活を嫌って、国のトップとしては質素な生活を続け、身の回りのことは全て夫婦で行い、一度も親族に採用等の便宜を図ることもなかった。」(kenji  shiraishiさん)

 彼我のあまりの違いに絶望的になるのは、わたしだけでしょうか。「信なくば立たず」「権腐十年」「粗にして野だが卑ではない」・・・いろいろな言葉が頭の中をよぎっていきます。

 「コロナ」のことです。

 これをどうにかしてねじ伏せて収束(終息)させないと、「地方」は崩壊します(もちろん日本も、世界も、なのですが・・)。その経済も社会も文化も人々の心も・・・。自民党政権にそれを終わらせることができるでしょうか。無理なのでは・・・。

 それは、2019年末にオリジナル・コロナが発生してから今日までの政府の対応の無為・無策・無能ぶりを見れば、明らかでしょう。菅首相が何とかの一つ覚えのように言い続けてきた現状使われている「ワクチン」の接種も、万能でない(というより、ほとんど意味のない?!)ことがはっきりし出してきております。対策を根本から見直し、直ちに手を打たなければ、今冬の“第六波”以降はさらに大変なことになるとわたしは思います。

 先日、行きつけの整体で主人が、「これはあのノストラダムスの大予言の天から降りてくるといわれた大魔王なんじゃないのかな。20年遅れであの予言は当たるんじゃないか。人類は滅びるかもしれんな」と言ったのが、みょうにリアルに感じられてきています。

 何をしなければいけないのでしょうか?

 以前に登場していただいた中村祐輔博士がこんなことを言っているそうです。「鳥インフルエンザが発生したら、どうしますか。その鶏舎のニワトリの全てを殺処分するでしょう。コロナも同じです。人間は殺すわけにはいきませんので、PCR検査と隔離です。これが対策の基本中の基本です。」

 国民全員にいつでもどこでも検査ができる(しかも何回でも、無料で)体制を整えるべきだと思います。今なら20秒で結果が出る検査機がイギリスでできているそうです(日本のものでも5分もあれば結果が出るそうです)。「陰性証明」さえあれば、わたしたちにはすべての活動ができるのですから、これほどの明快な対策というものもないでしょう。

 隔離は、国立病院・JCHO(独立行政法人地域医療機能推進機構)・労災病院などをコロナ専門病院化して行う。俵津にも昔、「避病舎」というのがありました。赤痢など感染症患者を隔離する施設でした。あれです!

 こういう根本的対策を阻んでいるのが、厚生労働省国立感染症研究所や300人いるといわれている政策中枢を牛耳る医系技官(監)たち、それに保健所、だといいます。この期に及んでなお、省益や自己保身を考えている部署や人間(政治家・官僚)たちがいるというのは、まったくの驚きです。

 戦後70年余りで凝固してしまったこの国のしくみを壊すところから始めないといけないなんて、めまいがしそうです。

 トリクルダウン(余滴)のことです。

 待てど暮らせど、どうにも、滴り落ちて来ません。地方は寂れる一方。・・・

 安倍前首相は、その「選択と集中」政策で、残り少ない日本の人的・物的資源を自分たち(政官財学メディア等のお仲間)権力に集中させ、東京一極集中を加速させれば、日本は長引く不況・デフレから脱却できて、いつか地方にもおこぼれが回っていくだろう、と「アベノミクス」なるものをとなえました。

 そして、「三本の矢」が登場してくるのですが、(「世界」10月号の寺島実郎さんの分析によりますが)、第一の矢の「異次元金融緩和」では産業現場の資金需要は増えず、余ったお金がマジックマネーとなって株式市場をはじめとするマネーゲームにむかいました。第二の矢の「財政出動」では、結果として先進国では例のない債務大国化を招き、孫子の代に膨大なつけを回してしまうことになってしまいました。第三の矢は飛ばず、実体経済の中核たる国民に恩恵は向かいませんでした。「二〇一二年から二〇二〇年の八年間で、全産業の現金給与総額(サラリーマンの収入)は、わずか〇・九七%しか増えなかった。年間二%の物価上昇目標(デフレからの脱却)は達成されなかったが、消費者物価は八年間で五・六%も上昇しており、生活者には重くのしかかったといえる。それ故に、全世帯の消費支出は、八年前より二・八%減少しており、国民の経済生活はむしろ縮小したのである。」ということです。

 「新自由主義」というのは、わたしの勝手流の理解では、要するに大企業や多国籍企業が「おれたちが勝手にやるから、一切の規制を取り払って自由にやらせてくれ。不採算部門は全部政府でみてくれ。法人税も下げよ。それで格差が拡大しても全部自己責任だ」というものではないでしょうか。フリードマンが言い出してから、今日までの結果を見れば、わたしの単純な理解もあながち間違いではないでしょう。なにより、世界の金持ちの上位8人の資産が、下位36億人の合計と同じというのが、この主義・政策の本質を表しているでしょう。

 こういう主義も政策も、もういらないですよね。地方は、わたしたちは、そこから“離脱”しなければならない、と思うのですが・・。

 ◆

 米中対立が激しくなってきています。

 このとき、日本はあくまでアメリカ一辺倒で行くのでしょうか。それは極めて危険な道ではないでしょうか。もちろん、中国につけ、などという話ではありません。アメリカ一辺倒という答えしかもっていない日本の在り方が危なっかしい、と言っているのです。第三の道はないのでしょうか?

 いつだったか、誰だったか、ドイツの首相が日本の首相に、「日本は隣の国に友達がいませんね」といったことがあるのを記憶しています。韓国やアセアンの国々とEUのような「東アジア共同体」をつくることはできないのでしょうか。

 このことも、わたしたちが考慮に入れておきたいことです。

 NHK大河ドラマ「青天を衝け」がおもしろいですね。とくに、前半の幕末編で主役級の活躍をした徳川慶喜役のスマップ草彅剛がいいですね。あんな素晴らしい演技をするなんて驚きです。

 歴史の話です。江戸幕府は(慶喜は)なんであんなにすんなりと「大政奉還」ができたのでしょうか、したのでしょうか。お家第一・幕府ファーストなはずなのに、です。司馬遼太郎がその謎を解いてくれました。

 

 日本人の「公」について考えてみる。ここでは、「公」を、狭く法人という概念とそのまわりでのべたい。結論からいうと、江戸末期に日本にはすでに法人意識が成立していたのではないか、ということである。とくに幕末の長州藩においてそのことが顕著だった。(中略)。長州藩ほどでないにせよ、江戸末期にはすでに各藩とも藩をもって公器と見、法人とみる気分が濃くなっていた。さらには、最後の将軍である徳川慶喜からしてそうだった。かれらは天下は天下のもので、徳川家の私物でないという思想をもっていたからこそ、肩の荷物をおろすようなあっけなさで、一回の評定で大政奉還をしたのである。(『この国のかたち 一』、文春文庫)

 

 なるほど。それにしても、やっぱり徳川慶喜えらかったなあ。それで、はたして自民党政権に、そのような「公」意識があるでしょうか。現代版大政奉還ができるだけの度量と覚悟があるでしょうか。わたしには、江戸幕府自民党幕府(!)に重なって見えるのですが。

                     (2021・9・17)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地方は、そろそろ「自民党」から“離脱”する秋(とき)ではないだろうか?!(シン・二ホンへ!⑤)

 私は本書を書き始める際、冒頭、

「まことに小さな国が、滅びの時をむかえようとしている」

 としようかと考えていた。しかし、気を取り直して、それを「衰退期」と書き換えた。

希望を持ちたいと思った。いや、六尺の病床から死の間際まで俳句、短歌の革新に向かって闘った子規を思えば、絶望などしている暇はないだろうと反省をした。

 子規が見た、あるいは秋山兄弟の見た坂の上の雲は、あくまで澄み切った抜けるような青空にぽかりと白く浮かんでいたことだろう。

 しかし、そろそろと下る坂道から見た夕焼雲も、他の味わいがきっとある。夕暮れの寂しさに歯を食いしばりながら、「明日は晴れか」と小さく呟き、今日も、この坂を下りていこう。

    ―(平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』、講談社現代新書、2016)

 

「日本の繁栄は、自民党がつくったのだから、自民党を批判してはいけない」

 もう40年も前・1980年ころのことでした。時の明浜町長は、わたしたち町の若者(みんな20代後半から30代でした)との懇談会の席でそう言いました。だれかが批判がましいことを言ったのでしょうか。もうその語られた文脈は覚えていませんが、わたしたちの多くは権力や政党政派やイデオロギーなどからは、距離を置きたい、自由でいたい、そういうものを相対化したい、と思っていました。

 一方で、町長の言うこともよくわかってはいたのです。このような弱小といわれるような町が、まして、三割自治・一割自治といわれているような現実の中では、議会を総与党化し、地方の自民党国会議員を通じて、政権とのただでさえ細いパイプを押し広げて太くしていくしかないというのは、ある意味仕方ないことでもあると思っていました。

 当時の明浜町は、まだ、学校や公民館などの公共施設を建てたり、道路を整備したり、企業誘致を考えたりと、インフラ整備に懸命になっているときでしたが、わたしたちは少しづつ、別のことを考え始めていました。有吉佐和子の『複合汚染』(1975年)に刺激されたこともありましたが、これからは環境問題が世界の重要課題になる。農業も有機農業を中心にして、都市の消費者と交流しながら、地域をつくっていく道を進みたい。あるいは、まちづくりの「人材」をつくるために、「明浜町青年海外派遣協会」をたちあげたい。そうしたいわば「内発的」な発展の道を探っていたのでした。それは、地域の「コモンズ」(森林・漁場・海と山などの共同利用地や地域人材)を活かした・立脚したまちづくりでした。

 あれから40年あまり。やはり、自民党に依拠しつつも、自民党(政権)を正しく批判できる「地方」をつくっていたほうが、そういう「国民力」を養っていたほうが、この国のためにはよかったのではないか、そんなことを思わされる時代になったようです。

(ちなみに、念のため言っておきますが、日本の繁栄は、自民党の力もあるでしょうが、なんといっても国民が頑張ったからですよね。)

 確かに、自民党は偉大でした。国民と国民生活を隅々までよくフォローしてくれました。一億の国民をどうやって食わすか、ということを真剣に考えていました。内田樹さんの本(『街場の憂国論』、文春文庫、2018)で教えてもらったのですが、池田内閣の高度経済成長政策を立案したエコノミストの下村治さんはかつて「国民経済」という言葉をこう定義してみせたそうです。

 「本当の意味での国民経済とは何であろうか。それは、日本で言うと、この日本列島で生活している一億二千万人が、どうやって食べどうやって生きていくかという問題である。この一億二千万人は日本列島で生活するという運命から逃れることはできない。そういう前提で生きている。中には外国に脱出する者があっても、それは例外的である。全員がこの四つの島で生涯を過ごす運命にある。

 その一億二千万人が、どうやって雇用を確保し、所得水準を上げ、生活の安定を享受するか、これが国民経済である。」

(下村治『日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』、文春文庫、二〇〇九年、九十五頁)

 わたしはこれを読んでうなりました。すごいな。本気で国民のこと考えていたんだ。ところが、内田さんは言います。「現在の自民党政権はかつての五十五年体制のときの自民党と(党名が同じだけで)もはや全くの別物であると私は見ている。」「いまの安倍自民党の議員たちの過半はこの国民経済定義にはもはや同意しないだろう。」

 ここでこれ以上深入りはしませんが、わたしも内田さんの言う通りだと思います。自民党は、すっかり変わってしまいました。

 いつからこうなったのでしょうか。わたしは中曾根康弘首相のころからだと思います。彼が、「新自由主義」政策をとり始めたレーガンサッチャーと付き合い始めて以降でしょう。サッチャー首相などは「社会などというものはない」などと言って、イギリスの伝統的な政策であった「ゆりかごから墓場まで」の手厚い福祉政策を破壊してしまいました。これはまだ記憶に新しいところです。それから、やはり決定的に事態を進めたのは小泉純一郎首相だったでしょう。この頃から日本は急な坂道を転がるように目に見えて悪くなっていきました。そして、極めつけは現在の安倍=菅体制です。この路線は自民党政権である限り今後も続くと思います。

 「平家にあらざれば人にあらず」、かつて日本史にそういう時代がありました。いまの自民党の世も、まさにそのような時代に似ているなと思えてなりません。もう傍若無人、勝手のし放題、倫理も道徳も人の道も正義も礼節も公正も何もかも、ありません。その世界ではあらゆるものが「私物化」されます。国有地・予算(税金)・公務員・憲法・三権・・・。もうみんな知っていることですから、屋上屋を重ねるようなことはいいませんが、これはちょっとだけでもどうにかしないと、日本と日本人への誇りが消えてしまいそうです。わたしも70年あまり生きてきましたから、この世がきれいごとばかりではないことを知っていますし、人間も聖人君子ばかりではないことも知っています。

 でも、たとえば司馬遼太郎藤沢周平葉室麟などの時代小説を読んで、わたしたちが感動するのは、そこに凛とした清々しい人間がえがかれているからです。そうした人物たちを、この汚濁にまみれた世であっても、心のよりどころとして生きたいと思っているからです。

 論語や武士道や聖書やコーランなどが生まれたのも、万人が万人に対して闘争状態にある人間の世に統一と平和をもたらすためだったでしょう。心というすぐに暴走するものに規範を与えたかったからでしょう。

 安倍前首相は、国会で118回嘘の答弁をしたそうですが、ウソを言うなとは言いませんが、これはちょっとひどすぎるのではないでしょうか。

 「シン・二ホンへ!」の道は、まず、倫理や道徳や人の道や正義や礼節や公正などをとりもどすことから始めないと、動かない、どうにもならない、ように思えてなりません。景気や経済の前に、まずそれだ、と思えてなりません。

 「驕れるものは久しからず」、という言葉も微かに聞こえてはきますが、少しの風のざわつきにでも消えていくようなはかなさです。

                          (この稿つづく)

                     (2021・9・12)

 

 

 

 

 

 

自民党の選挙戦略に思う。(シン・二ホンへ!➃)

 さて、私たちはおそらく、いま、先を急ぐのではなく、ここに踏みとどまって、三つの種類の寂しさを、がっきと受け止め、受け入れなければならないのだと私は思っています。

 一つは、日本は、もはや工業立国ではないということ。

 もう一つは、もはや、この国は、成長はせず、長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ。

 そして最後の一つは、日本という国は、もはやアジア唯一の先進国ではないということ。

    ―(平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』講談社現代新書

 

 ある女性週刊誌が、「全国の女性5000人が選んだ 次の選挙で落選して欲しい政治家」というアンケート記事を載せていました。それによると、

麻生太郎二階俊博菅義偉安倍晋三丸山穂高辻元清美小泉進次郎西村康稔枝野幸男河野太郎

の順番でした。ナットク!順番は違いますが、わたしも大体同じ意見です。

 また、ある雑誌には、「ポスト菅 次期首相候補 一千人アンケート」というのが載っていました。

枝野幸男安倍晋三小池百合子志位和夫野田聖子山本太郎・・・という具合に並んでいます。ちなみに、あの人気があるとみられていた小泉進次郎はなんと⑫位。

 こちらには、わたしの希望する人はいません。日本の政界は恐ろしい程の人材不足です。かつてならわたしは、国連難民高等弁務官緒方貞子さん(1927~2019)のような方がいいなと思っていました。田中真紀子さんも首相の器でした。

 このまま自民党政権が変わらないのなら、望めるマシな人は、石破茂さん・村上誠一郎さん・・くらいでしょうか。立民の枝野さんは、ウーン・・。彼が、「連合」ときっぱりと手を切り、選挙に行かない50パーセントの有権者と向き合うことをはっきりと示すなら、枝野さんでもいいかとは思いますが・・。ドイツのメルケルさん、ニュージーランドのアーダーンさん、台湾の蔡英文さん・・のような方がどうして日本には出ないのでしょうか。

 そうだ、立民はいっそ、アメリカのサンダースさんや間もなく辞められるメルケルさんに党首になってもらったら、どうでしょうか?!!

 白井聡さんの『主権者のいない国』(講談社、2021)という本を読んでいたら、自民党の選挙戦略に触れているところがありました(第二章 現代の構造ー新自由主義反知性主義 五 反知性主義-その世界的文脈と日本的特殊性)。適菜収『日本をダメにしたB層の研究』(講談社、2012)を素材にした言及です。

 二〇〇五年の小泉郵政解散の総選挙をめぐって、自民党から選挙戦略の構築を依頼された広告会社(スリード社)は、国民の階層をA~D層に分類し、B層に狙いを定めよと提言し、同党はそれを採用したということです。

〈A層〉

構造改革に肯定的でかつIQ(知能指数)が高い

ネオリベ化、グローバル化の促進によって恩恵を受けている少数の「勝ち組」的エリート層

B層

構造改革に肯定的でかつIQが低い層

・具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層

・マスコミ報道に流されやすい比較的IQが低い人たち。つまり、マスコミ報道が、グローバル化規制緩和―すなわち、ネオリベラリズム政策の推進―が良いものだと喧伝すれば、それを鵜吞みにしてよく分りもしないのに「賛成!」と叫ぶ迂闊で知性を欠いた人々である。

〈C層〉

ネオリベ化、グローバル化の促進によるデメリットに対して敏感であり、それらを一層推し進めることに対して知的に裏づけられた反対の意見を持っている。ゆえに、この集団は「構造改革抵抗守旧派」として規定されている。

〈D層〉

・既に(失業等の痛みにより)構造改革に恐怖を覚えている層

・この層は打ちひしがれて政治や社会への興味を失い、選挙などには参加しそうにない(つまり、選挙マーケティングの対象としては無意味な)層であるとみなしうるかもしれない。

●《白井さんのコメント》

「右のような分類の仕方を目にするとき、不快感を催す人も少なくないであろう。しかし、おそらくこの分類には何がしかの真実が含まれているに違いない。なぜなら、現にこの分類を活用することによって、小泉自民党は選挙で大成功を収めたからである。彼らは、有権者の最大のボリュームゾーンB層であると見抜き、その事実に即したメディア戦略を立て(具体的にはテレビのワイドショーの重視)、実行した。つまり、この分類には、総中流社会が崩壊した後の新しい階級社会の有り様が、それなりの精確さを持って映し出されているのである。」

 誤解のないように言っておかなければなりませんが、白井さんはこの章で、現代の日本を、そして世界を覆う憂うべき反知性主義について論じているのであって、人間性の一部にある劣情に媚びるような興味本位のことを述べているのではありません。

 そして、これが現在の安倍=菅政権にまで受け継がれている自民党の選挙戦略なのです。選挙年齢を18歳に引き下げたのも、それが何ら自民党政権を害するものではないことを確信できたからでしょう。彼らもB層の範疇に入るものである、と。

 民主主義の世の中になったからと言っても、政治は権力闘争です。合法であれば、手段を選ばないのが権力でしょう。

 それは認めるとしても、わたしは、悲しいのです。現在の日本の情況が、冒頭に掲げた平田オリザさんのいうものであれば(わたしはそうだと思います)、今、わたしたちが(政権が)やらなければいけないことは、1億2700万人の国民すべての知性・能力を最大にすることです。そうでなければ、やがて、この国は滅びます。そのことをしっかり認識した政党に・首相に、政治をやっていただきたい。任せたい。

イエスマンばかりで構成する政権はいらない。

・学術会議の任命拒否をするような政権はいらない。

・大学の人文系学部はいらない、すぐに利益を生み出す理系学問だけあればいいというような政権はいらない。

・人間の能力を制限する教育統制(教科書検定のような)をするような政権はいらない。

・記録を残さず、文書改竄を命令したりする政権はいらない。官僚に屈辱感や悲哀やの感情を呼び起こすようなことばかりをさせる(ブルシット・ジョブをさせる)政権はいらない。

とまあ、こんなこと書き出したら止まらない、そんな政権は本当に要らないと、今、真剣に思います。

 

 あと二か月余りで、「総選挙」は行われます。この選挙をきっかけに「この国のかたち」が変わることを切に祈ります。

                       (2021・8・20)

 

 

 

「戦後」はどうしたら終わるのだろうか?―八月十五日に思う。(シン・二ホンへ!③)

 まず!〈朗報〉からです!西田孝志くんが「ブログ」を開設しました!その名もズバリ、「私の映画案内」。「俵津ホームページ」から、わたしのブログ「虹の里から」へと書き継いでくれたあの大好評エッセイが、自身の手で再開、書き続けられます!なんだかワクワクしてきました!右の「リンク」の欄に貼っておきました。そこから入ってぜひお読みください。読者諸兄には何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 今日はお盆。わたしの8月15日は、わが家のお墓参りから始まります。予期せぬ梅雨がぶり返したかのように降り続く雨が、束の間止んだのを見計らって行ってきました。(お墓掃除は昨日済ませました)。わが家の墓所には、歴代塔の他に、先の大戦で戦死した叔父二人(亡父の兄と弟)の遺骨のないお墓もあります。二人とも太平洋の海の底です。わだつみです。

 その後は、狩浜(お伊勢山)にある戦没者「慰霊塔」へのお参りです。ここには明浜町戦没者462人の御霊が祀られております(俵津130人、狩江119人、高山91人、宮野浦60人、田之浜62人)。父が足腰立たなくなってから以後ずっとわたしが続けています。ここも年々訪れるひとが減っているとのこと。淋しい限りです。かく言うわたしもいつまで行けるやら。

 ところで、今年は「戦後76年」。

 最近、ふと、思うのです。この「戦後何年」という言い方(呼び方)、一体いつまでなされるのだろう?と・・。あの言語を絶する悲惨な戦争を忘れないようにするためには、ずっとこう言い続けたほうがいいのかもしれません。この国を「戦前」や「戦中」にしないためには、こう言い続けるしかないのかもしれません。でも、(なんとなくですが)、「戦後」をどうにかして終わらせた方がいいのではないのか、などという思念が頭の隅をよぎることがあるようになりました。どうしてかの説明はできません。「戦後」という言葉の説明(定義)もわたしにはできません。でも「シン・二ホンへ!」行くためには、この通過点を越えなくては、との思いが漠然とですが、浮かんでくるのです。

 「戦後何年」という言い方をしている国は日本以外にもあるのでしょうか。アメリカ、第一次世界大戦以来今日まで間断なく戦争をし続けているアメリカに、そんな言い方があるようには思えません。かつて日本と三国同盟を結んでいた敗戦国ドイツやイタリアはどうでしょう。アジアの国々はどうでしょうか。

 視点を変えて、じゃあどうしたら「戦後」は終わるのだろう?ということを考えてみました。「戦後の定義」が出来ないのにそんなことができるのか、とも思いますが、とにかく思いつくことを書き出してみることにしました。そこから、何かが始まるかもしれません。別の地平へ、行けるかもしれません・・。

➊戦争体験者、あるいは戦前生まれの人たちが死に絶える。

➋その子供である戦後生まれのわたしたちが死に絶える。

天皇陛下が、戦地への「慰霊の旅」を終えられた時。

北方領土問題が解決する。

➎日本全土から米軍基地がなくなる。

➏「日米安保条約」「日米地位協定」を解消し、アメリカと対等な関係を築いた時。日本がアメリカの従属国ではなく、真の独立国となった時。

➐現「日本国憲法」を、「国民投票」にかけ、日本国民がそれを改めて選び取った時。

自民党の「憲法改正草案」が、「国民投票」にかけられ、それが日本国民に選び取られた時。

➒例えば千鳥ヶ淵戦没者墓苑が拡大され、アメリカのアーリントン墓地のような新たな国立墓地が作られた時。(戦没者の御霊が靖国神社からそこへ移された時)。

朝鮮戦争が真に終わり(現在は休戦中)、南北朝鮮が統一を果たした時。

⓫日本政府の首相が、かつての侵略国へ赴き、詫びることを果たし終えた時(かつてのあのドイツの首相のように)。

⓬「戦前」を引きずり続ける「自民党政権」が真に終わった時。

⓭野党連合政権が誕生し、それが少なくとも二期8年続いた時。

⓮日本が、「グローバル資本主義」「新自由主義」を卒業し、「定常化社会」のもとで生きることを決意し、歩み出した時。

⓯海外で戦死した240万人の兵士たちの内、収集されず祖国へ帰れない遺骨112万柱(内30万柱は海没遺骨)が帰った時。

⓰懸念される米中戦争が回避された時(米中が世界覇権を望まなくなった時)。

⓱「国連」中心の世界が真に実現した時。

⓲「国連憲章」の「敵国条項」から「日本国」の名が削除された時。

⓳「核兵器を持ちたい」という見果てぬ夢を、政権を担い続けてきた人たちが捨て、原発をすべて廃棄した時。

 

 わたしが考えられるのは、残念ながらこのくらいですが、一日も早く、多くの人が思い煩うことのない世の中になってほしいと思います。ぜひ、あなたのお考えを聞かせて下さい。

                     (2021・8・15)

 今日の朝日新聞に、歌手の加藤登紀子さんがこんなことを書いておりました(「加藤登紀子のひらり一言」)。

 

戦争という歴史は修復できない傷痕。

 何千年も残る。

 国境線の意味が、憎悪と対立から、融和と尊敬に変わらなければ・・・・・・。

 その時やっと平和が始まる。」

 

 だとしたら、「戦後」が終わるのは、まだまだはるかな先か・・・。

 

悩み方を変えたらどうだろうか?!—シン・二ホンへ!②

 tosakkoさんから、わたしの「公民館に集まろう」に対して、次のようなメールをいただきました。

 「公民館変わり始めましたか。

 気軽に立ち寄れる空間。コーヒーメーカーに近所のおばさんたちの手作りのオヤツでも常時あれば気軽に女子会、男子会ができる?

 そこに行けば、何か面白い新しい情報がある、まずは宇都宮君と貴君のブログをプリントアウトして置く。公民館情報より面白い!

 図書館。読み終わりの本、家に置く代わり図書館に置けば少しずつ充実、ブックオフで買い叩かれるよりはまし?呼びかければ集まる、という私も本の処理に困っています。

 公民館、ちょっと古くて堅いイメージを払拭出来れば良いね。」

 春ならそよ風。夏の今なら、緑陰の涼風。自由人のtosakkoさんらしい。ありがとうございました。

 「俵津の人口が、1000人をきったゾ!」

 同級生の東新三くんが、感に堪えたように言い放ちました。高山での「東宇和農協・年金友の会・明浜支部」(伊勢富雄会長、1078人会員)の役員会からの帰りの車の中でです。彼は毎月の「公民館便り」に載っている俵津の人口統計をよく記憶していて、その月の死亡者を減じて実数を常に把握しているそうです。その日(8月3日)がちょうどそうだったそうです。

 それにしても、少子高齢化・人口減少。あるいは過疎。わたしたち、というか首都圏や大阪・名古屋などの自治体を除く全国の・全地方の、県や市町村が悩み、苦慮し続けてきている現在進行形の悩みです。問題です。

 そうした地方は、一所懸命に知恵の限りを尽くして対策を立て、努力を重ねてきておりますが、ほとんどの所は成果を上げえていない。ばかりか、事態は一層深刻化しているというのが実情だと思います。

 ある時、わたしは、思ったのです。

 これは、地方の問題ではない。国の(政府の)問題だ。各々の地方自治体が解決に向けて努力することはもちろん大切であるが、それだけではどうしても限界がある。これは政府が「この国のかたち」を変えるほどの政策変更を必要とする課題である。と、私は思ったのです。

 わたしたちは、だから、「悩み方」を変えなければならない。

 まず、この問題で悩んでいる自治体は、その総力を挙げて新しい「この国のかたち」案を創る必要があります(国がやらないのだから、そうするしかないのです)。その上で、全国知事会や全国市町村長会で、それを政府に迫る・要求しなければなりません。もちろん国民も彼らに圧倒的支持を与えなければなりません。

 上意下達の風が隅々まで染みこんだ日本ではありますが、何々族、何々村というようにさまざまな利権でがんじがらめになった日本ではありますが、それを解体しなければもうこの国は未来に行けないような気がします。

 1億2700万人もいる日本。みんながこの国土に分散して住んで、楽しくやって行けばいいじゃありませんか。「なーんだ」と思うかもしれません。そう「なーんだ」なんです。

 日本は、すでに2014年あたりから人口はピークをつけ、減少局面に入っていますから人口減少はどうにもならないでしょう。少子化と高齢化もここ30年~40年くらいは進行し続けるでしょう。それでも、この国土を最大限有効に使って「後退戦」(内田樹)を、楽しく戦っていくようにすべきなんじゃないでしょうか。

 日本に、経済成長の伸びしろはほとんどありません。平成がまるごと「失われた30年」と言われたことがそれを表しています。このままでは、「失われた40年」「50年」になるのは否定しがたいのではないでしょうか。経済成長率ゼロ、利子率ゼロ・・日本はほとんど定常経済状態に入っています。なのに、成長戦略が、「オリンピック」「万博」「カジノ」「原発再稼働」「TPP」・・などしかないのは、行止まりということでしょう。

 内田樹さんがこんな「希望」を語っております。

(前略)過疎化がさらに進行すれば、これから先消滅する市町村も次々出て来るでしょう。でも、日本の国民資源のストックそのものは豊かなんです。そう簡単に底をつくほど浅いものじゃない。温帯モンスーンの温順な気候、きれいな大気、肥沃な土地、豊かな水資源、多様性のある動物相・植物相、国民の知的水準や遵法精神や治安の良さ、社会的なインフラの安定性・・・・・・どれをとっても素晴らしいアドバンテージがあるわけです。

 (中略)国民資源の本体が底をついたわけじゃなくて、それを管理し、制御する仕組みが破綻した。そのせいで、こんなことになった。だから、元に戻そうと思ったら戻せるはずなんです。

 いきなり一般化して「日本はもうダメだ」という悲観論を語るのも行き過ぎだし、逆に「日本はスゴイ、世界中が日本にあこがれている」と言うような無根拠な楽観を語るのも行き過ぎです。実体はその中間くらいにある。(『サル化する世界』)

 (また、わたしの尊敬する経済学者の宇沢弘文さん(1928~2014)は、日本の場合、農村人口を20~25%にすることが適切だと言っているそうです。内田さんは、いやもっと、こうなったら40%くらいいるのではないかと言っています。)

 そうです。内田さんがいうようなシステムを機能させることができない、再創造できないような政府であれば、これを変えればいいのです。ただそれだけのことです。

 そしてやはり、地方分権制度のより高度な構築ということも必要でしょう。憲法の「地方自治」の章・条文が不十分ならそれを変えることも必要になってくるでしょう。その意味ではわたしは憲法改正に賛成です。

 また、予算(税金)の分捕り合戦みたいなことにも矛盾を感じています。利権がらみでない、政権幹部や官僚との親疎の度合いによらない、もっと公平な・透明性のある予算分配方式を創れないものでしょうか。何らかの基準を作って年度当初に全自治体に配分するようにすれば、ムダな東京詣でなども必要なくなるでしょう。

 いずれにしても、「悩む方向」を変えなければなりません。それが「シン・二ホンへ!」行く夢のカタチです。

                       (2021・8・9)

 われらが佐賀の農民作家・あの山下惣一さん(84)が、こんなことを言っております!

「最高のコロナ対策は、過疎だ!」

 キョーレツ!何という皮肉!何という諧謔!何という洞察力!

 ちなみに、山下さん。断筆宣言しました!もう書かないそうです。わたしとしては、死ぬまで、床にはいつくばってでも、書いて欲しかった。近代史上最高の農民作家の声が聞けなくなるのは、何とも淋しい限りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

希望のワクチン―シン・二ホンへ!①

 率直に言って、日本は急激に国力が衰えています。国力というのは、経済力とか軍事力とかいう外形的なものではありません。国の力をほんとうにかたちづくるのは「ヴィジョン」です。「ヴィジョン」とは、自分たちの国はこれからどういうものであるべきかについての国民的な「夢」のことです。

 —(現代日本の最高の賢者、とわたしが思っている内田樹さんの『街場の憂国論』・文春文庫から)

 

 ショッキングなことがわが身に起こりました。

 コロナワクチン(ファイザー製)の副反応です。28日、2回目の接種をしたのですが、その晩から、市から送られた「接種券」の封筒に同封されていた「新型コロナワクチン予防接種についての説明書」の「副反応について」の項に書かれていたすべての症状が、出たのです。いわく「注射した部分の痛み、頭痛、関節や筋肉の痛み、疲労、寒気、発熱等」。熱は、幸い7度2分くらいの微熱でしたが、この微熱というのが今まで経験したことのないような不快指数120%以上のものなんです。もう体がだるくてだるくて、それでも最初の夜は眠れなくて、体中が痛いのでバタバタと寝返りをうちつづけ疲労困憊。二日目はその疲れからかひたすら昏睡状態。三日目でやっと熱も平熱になり少し安心感が。でも背中の痛みはまだ残っています。もうサンザン・・。

 アナフィラキシーなどが出なかったのがせめてもの救い。でも、“やれやれこれで安心”感はまるでわきません。聞くところによると、ファイザー製ワクチンの効果(抗体ができ、免疫力が持続する期間)は半年から一年とか。しかも、デルタ株には39%の効力しかないらしい(しかも、日本ではすでにコロナの70%がデルタ株に置き換わっているという!)。あああ半年後にまた打たなきゃならんのか、と思うとちょっと恐ろしくなりました。そんな思いでいる時に、30日の新聞でファイザー自身の発表記事が載っていて、このことが裏付けられました。ファイザーは、3回打ったらデルタ株にも対応できると言っていますが・・(CDC・米疾病対策センターは慎重姿勢)。

 俵津でわたしと同様な苦しみを味わった人は、わたしが聞いた範囲では6人います。その全員が熱が8度から9度あったと言いますから、わたしはもしかして軽かったのか・・。

 正直に言います。わたくし、絶望しています。この国に。

 とくに政府の「コロナ対策」の無策と「オリンピックの強行」についてに、です。同じ30日の朝日新聞は一面トップに「東京・爆発的感染拡大」の見出しを躍らせていますが、オリンピックをやったらこんなことになることはみんな分かっているのに、ましてや「非常事態宣言」下にそれをやるのは、狂気の沙汰としか思えません。ペストやスペイン風邪にはじまる感染症の歴史に謙虚に学べば、オリンピックは今、最もやってはいけないことです。(菅義偉首相と小池百合子都知事が、条理を尽くして世界に訴えれば、世界の理解を得て中止することは可能だったはずです。一度くらいそんなしびれるようなパフォーマンス、やってみたらいかがなものでしょうか!)

 それに、1年7カ月も過ぎれば、誰だって(わたしのような者にでも)、対策として何をしなければいけないかわかるというのに、最高の知性がそろっている筈の政府に、それが出来ない。ただひたすら、飲食店を目の敵のようにして国民に自粛をせよ、とのたもうばかり・・。激しい言葉は使いたくないわたしですら、「無能」と言いたいくらいです。これらのことは、すでに書いてきましたのでここでは繰り返しません。

 そして、わたしたちは、この政府を永久に(人生は短いのでそんな感覚です)変えることができない。・・・

 「コロナ対策」ほど、今の日本にとって、また世界にとって、大事なことはないと言って過言ではないでしょう。・・・

 どこかに「希望」はないでしょうか?

 前にも言いましたが、希望を探すのは年寄りの仕事です。ワクチンの副反応でスタスタとは闊歩できない足をひきずりながら、それを探す旅に出ましょう。みなさんも是非、加勢してください。

 耳寄りな情報があります。ワクチンに関してです。

 日本発で有望な「コロナワクチン」が、二つあります。

大阪大学・森下竜一教授のDNAワクチン

東京大学・中村祐輔名誉教授のペプチドワクチン

です。URLは特に示しませんが、ネットで各自検索してみてください。それはもう、いっぱい出て来ます。ここではその一部を少しだけ引用しておきます。

《DNAワクチン》

「ウイルスの一部を組み込んだもの。接種すると、新型コロナウイルスが細胞に侵入する際に鍵の役割を果たすタンパク質が発言し、それを免疫システムが異物と認識することで抗体ができる。ウイルスを弱毒化したり不活性化したりする従来のワクチンと異なり、ウイルスそのものを使わないため安全性は高いとされる。」

「森下氏は、自身が創業した製薬ベンチャーアンジェス大阪府茨木市)と共に昨年3月、ワクチン開発にに着手。日本勢では最も先行しており、6~9月に大阪市立大と大阪大の付属病院で各30人を対象にした治験を実施した。〈目立った副反応は認められず、安全性は確認できた〉という。」

「さらに国産ワクチンの意義について、〈今後、別のウイルスによるパンデミックが起きたときにも備え、国内でワクチンを開発し、国民全員に供給できる体制の確立が必要だ〉と指摘する。

《ペプチドワクチン》

中村教授の大学発ベンチャーオンコセラピー・サイエンス」の挨拶文から(2020・10・1)。

「この度、当社は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染制御及び重症化の抑制を目指したペプチドワクチンの研究開発に着手し特許出願を完了しましたのでお知らせいたします。

 現在開発が進められている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンの多くは、中和抗体の誘導(液性免疫応答の惹起)を狙ったものですが、これらのワクチンの課題として、(1)表面タンパクを認識するため標的が限られること(2)ウイルスの突然変異による標的タンパクの変化への対応が難しいこと(3)抗体依存性感染増強(ADE)の懸念等が挙げられています。一方、過去の事例としてSARSコロナウイルスSARS-CoV)感染経験者の体内では、ウイルス特異的な細胞傷害性T細胞(CTL)を中心とした細胞性免疫応答が成立していることが報告されており、ウイルス特異的CTLの存在が、SARSコロナウイルス感染症の発症制御に欠かせないことが示唆されています。したがって、新型コロナウイルス感染症でもペプチドワクチンがCTLを誘導し、そのCTLの一部がウイルス感染細胞を傷害する機能を維持したままメモリーT細胞として長期間体内に存在することで、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)に感染した場合、迅速で効果的な感染制御や重症化の抑制が期待されます。また、CTLの誘導を中心とした細胞性免疫応答の機序では中和抗体によるADEが生じる可能性は低いと考えられるため、高い安全性も同時に期待されます。」

「当社は、(中略)既存の遺伝子変異情報やコンピュータシミュレーションに基づき、将来起こりうる変異の影響を受ける可能性の低いペプチドの探索を行い、ヒトタンパク質に含まれるアミノ酸配列に類似したペプチドを対象から外すことで、ウイルス突然変異にも対応し自己免疫応答を誘発しない安全性の高い開発候補品を見出すことに成功しています。CTL誘導能力が確認された新型コロナウイルスペプチドワクチン候補に関しては、既に特許出願が完了しており、今後さらに検討を進めてまいります。」

 

 なんだかよく分かりませんが、●副反応がでない(安全性が高い)●長期間効力を発揮する●変異株にも対応できるワクチン、そして確実に現在打たれているファイザーなどのmRNAワクチンより優れているワクチン、ということが分かればいいのではないでしょうか。それをこの日本(人)が開発しているのです。これは世界が認めていることです。中村祐輔先生は次期ノーベル賞候補でもあります。

 それを、日本政府はなぜ認めないのか。オリンピックに使われた3兆円ともいわれるお金を、GoToに使われた1・6兆円のお金を、なぜここに投入して大量生産する道を開かなかったのか。わたしの絶望はここにもあります。

 「最後は金目でしょ」と言ったおかしな大臣が昔いましたけれど(場面は違いますが)、金目と言うならこれほどの金鉱山はないでしょう。先の新聞報道によれば「ファイザーは今年のコロナワクチンの売上高の見通しを従来の260億ドル(約2・9兆円)から335億ドル(約3・7兆円)に引き上げた。年内に供給する見込みの21億回分の売上高にあたるという。」とある。景気・景気、経済・経済という割には、何が真の経済イノベーションなのかがまるで分っていない。

 増産に次ぐ増産をして、アジアやアフリカや南米の途上国にも安く提供してあげればこれほどの世界貢献はないでしょう(この際、どおーんと無償で世界に配るというのは、どうです?!)。「平和の祭典」という嘘にまみれた事業よりも、世界平和を作り出すのに遥かに意味のあることでしょう。ひとつくらいそんな構想力を持ってみたらいかがでしょうか。日本発の政治力で。

 わたし、スポーツは好きですから、オリンピックのテレビ、時々見ます。でもどこかで覚めていて、空虚感が消えません。日本選手の金メダルが多いですが、果たしてホントにフェアな条件で競えているのだろうか、などとつい考えてしまいます。

 ネットで中野晃一さん(政治学者)が、こんなツイートしてるの見つけました。

「〈スポーツの力〉やら〈感動〉が、政府や国民が過去最悪の感染爆発と向き合うことを妨げてることについて、アスリートだからこそこんなスポーツのあり方はまずいと声を上げてるのが、まさか全国で元ラグビー日本代表平尾剛さんくらいしかいないなんてことありますかね?スポーツ愛してないの?健康は?」

 現時点での「アスリートファースト」って何でしょうか?(悲しいことですが、10代や20代の若者にそれを考えよ、というのは無理でしょうね。)

 シン・二ホンの表記は、もちろん「シン・ゴジラ」をまねたものです!この日本、こうしたら良くなるのでは、というかこんな日本になってほしい!というわたしの願いを、少しづつ綴っていけたらと思っています。みなさまのアイディア、ぜひお寄せください!

                        (2021・7・31)

 

 

 

 

紙芝居・「長崎東海ものがたり」が作られます!

 ある日のことでした。

 長崎東海研究会(山下重政会長、会員6人、会員募集中)のお世話をして頂いている西予市役所の浅井裕史さん(スポーツ・文化課)から、会員に次の様なメールが届けられました。

 

各位

お世話になっております。

皆様にお願いがございます。

「長崎東海さん」の紙芝居を本年度予定しています。

「よみきかせ あけはま座」の協力も得ており、私たちの会としては「8~12のコマ・エピソード」を提供したいと思います。

あけはま座では、明浜小学校で毎週月曜日8時から15分の読み聞かせを行っています。

現在、明浜の紙芝居「狩浜のたこ伝説」「高山のかっぱの恩返し」2つ作っています。3本目として「東海さん」を!

※つきましては、おひとり2~3の一押しエピソードを提示いただければと思います。

 ①生誕 ②俵津へ ③医療・人助け ➃ずっこけ ⑤あかひげ ⑥ラジオ ⑦かご   ⑧宴会 ⑨交通 ⑩海路 ⑪自然・災害 ⑫借金(人助け)

 想定は、小学生向け。場面とその内容をお願いします。

よろしくお願いします。

 

 わたしたちの研究会も、やっとここまで来ました。西予市役所には絵のうまい職員さんがおられるそうです。出来上がる日が楽しみです。

 試みに、わたしも「①生誕」を書いてみました。

 

《長崎東海ものがたり

 みなさん、こんにちは。

 明浜・紙芝居の第三弾は、“俵津の赤ひげ先生”こと長崎東海先生のものがたりです。明浜小学校には、東海先生の残した学校の門柱や碑があるので、知っているひともいると思います。

 長崎東海先生は文久三年(1863年)、高知県高岡郡松葉川村七里(旧窪川町、現四万十町)に、お父さん・長崎美五郎、お母さん・友の長男として生まれました。

 ペリーの黒船が来てから10年後、歴史が江戸時代から明治時代に変わった明治維新の5年前、世の中がおおきく動いていた頃でした。

 東海先生は、子供の頃から、なんにでも興味を持つ好奇心旺盛な人でした。生家の近所には市川病院があり、窪川には明治維新で活躍した谷干城(たに たてき/かんじょう)の一族の一人が開いていた病院などもあって、中でもとりわけ、お医者さんへの思いが強かったのでしょうか、高知県立医学校で学び、19歳で卒業しました。

 その後、破傷風血清療法を確立して世界的に有名だった北里柴三郎博士が起こした東京北里研究所で修行して、明治23年、生まれ故郷の松葉川七里で医院を開きました。

 東海先生は、内科はもとより外科にもりっぱな腕を持っていて、数々の難病と言われる患者の手術をして全快さしたことが多かったので、地元はもちろん周辺のあちらこちらからも沢山の患者さんがやって来て、名医の名をとどろかせました。

 明治35年に俵津にやってくるまで、高知の人たちに尊敬されながら、おおくの患者さんの病気を治してきたのでした。

 

 どうでしょうか?

 文章が固すぎますか?長すぎますか?絵になる文章になっているでしょうか?「生誕」の項(コマ・ページ)でこのように高知時代を一括してよいものでしょうか?東海が医者を志した理由として、明浜の子供たちの心を揺さぶるようなキョーレツなエピソードがあれば、この最初のページとしていいのですが、なにせ俵津へくるまでのこと、とくに少年時代のことはよくわからないのです。少年時代、どんな子供だったのか、それが書き入れれれば一番いいのですが‥。

 わたしは、会員のみならず俵津のひとたち・市役所のひとたちが、12項目ひとつひとつに文章を出し合い、知恵を出し合い、ここはこうしよう、ここにはこんな言葉を入れよう、などと話し合いながら1コマ1コマを作っていけたらと思っています。声に出してみて、文章が読みやすい、聞き取りやすい、流れがよいということも大事なことですから、みんなで朗読しあってみることも必要だと思います。あまり子供たちに迎合しすぎる(?!)のはよくないと思いますが・・。

 いずれにしても、市役所のみなさん!お世話かけます。ありがとうございます。

 こどもたち、俵津のみなさん!期待して待っててください!

                         (2021・7・17)