虹の里から

地域の人たちと、「まちづくり」について意見を述べ合う、交流ブログです!

“ねじれ”てこそ民主主義。ああ・・参院選。

 わたし、絶望しています。

 戦争。コロナ。サル痘なんてのも出てきました、今冬はインフルエンザが大流行とか。半端ない物価高。年金の減額。大切にされない沖縄。政治家と官僚の腐敗・倫理観の欠如・セクハラ・パワハラ・・。「侮辱罪」ができたとか強化されたとか。止まらない少子化(昨年度出生数は81万人で、戦後最低だったか2番目だったか)。大切にされない子供たち。止まらない国力低下。さらなる報道の自由度の低下(世界71位)、マスコミの萎縮。格差と貧困の拡大。温暖化の昂進。選択的夫婦別姓制度さえつくれない時代錯誤した政治・政治家(どうしてこの世にオギャーと生まれて来た人間が気持ちよく人生をおくれる社会をつくれないんだろう?)。原発再稼働化。軍拡。・・・ああ・もう・やってらんない。

 始まったばかりの梅雨ももう終わりだって?、猛暑と水不足がこれから3か月も続く・・。おお、ああ・・。・・・

                   1

 参議院議員選挙がはじまりました。

 始まったばかりなのに、早マスコミ各社は、政府与党=自・公の圧勝がまるで確定したかのように報道をしております。

 わたしは、今回の選挙は、戦後最も大事な選挙だと理解しております。今回の選挙で自公(維)が圧勝すれば、「黄金の3年間」と彼らが呼んでいる国政選挙のない3年間がやって来ます。彼らにとって、やりたい放題・決めたい放題のことができるのです。

 その最大のものが「憲法改悪」です。

 自民党の茂木幹事長が「やる」とすでに言明していますからやるでしょう。自民党にとってこれは悲願ですし、最後の最高のチャンスでもあるでしょうからやると思います。

 「緊急事態条項」が加えられたり、九条に「自衛隊」が明記されれば、この国は確実に軍国化・戦争化へと突き進むようになるでしょう。国民の「基本的人権」は奪われ、民主主義は風前の灯に・・。かつてワイマール共和国(ドイツ)が、ナチスに「全権を委任」したと同じような事態になると思った方がいい。

 これを回避するために、わたしたち国民が今できることは、一つだけしかありません。今回の選挙で自公(維)の候補者を当選させないということ、だけです。そして、衆参の「ねじれ」を作り出すということ、だけです。「ねじれ」こそが、わたしたちのかすかな希望です。大事なことを、独裁的に決めさせない、〈熟議〉こそ民主主義の要諦です。〈熟議〉のできる「国会」を今ここで創り出さないと非常に危険です。(今通常国会では政府与党の提出法案がすべて無風で成立しています)。

 最後にある「国民投票」でひっくり返せばいいではないか、という意見もあるでしょうが、どうでしょう?電通と組んだ彼らの圧倒的なコマーシャルをわたしたちは跳ね返せるでしょうか? 

 この間の「原発事故に国の責任なし」の最高裁判決に見られるように、「司法」はすでに三権分立の一翼を担うことを放棄しました(「日銀」は10年前にすでに主体性を放棄しております)。今度は「国会」がそれを捨てることになります。この国はおそろしい国になります。

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 ロシアーウクライナ戦争が終結しません。今この瞬間にも、虐殺(殺戮)、破壊、掠奪、拷問、強姦、・・が続けられています。

 この戦争を見ていて、わたしがあらためて思ったことは、

①「戦争」はダメだ。どんなことがあっても、これだけはやってはいけない。

②やはり、「民主主義」がいいなあ。「日本国憲法」が、いっそうの光量と輝度と価値を増したなあ。

ということでした。

 ところが、あろうことか日本国政府は、この機に乗じて国民の不安をあおり、「『敵基地攻撃能力』(のちに『反撃能力』)を持たなければならない」だとか「防衛予算を2倍に」とか言い出しました(「核共有」まで言い出す者も)。

 わたしが自公の国会議員や官僚に言いたいのは、「知力の限りを尽くして、(自力で、武力によらない)平和をつくれ!」ということです。それができないなら辞めよ!と。

 ・・・・・

 俵津から二度と出征兵士を出したくない。

 大切な俵津の若者や子供たちを戦争に行かせたくない。ひとを殺させたくない。死なせたくない。

 ・・・・・

    3

 スタグフレーションというのでしょうか景気後退下の「物価高」「円安インフレ」が、すさまじい。

 これはまだ序の口で、秋以降はもっとひどくなると言われております。国民生活は確実に圧迫されているとおもいます。わたしたち農家も、日常生活に必要なものの物価高の上に、肥料・農薬など生産資材の高騰に悩まされております。飼料などほとんどを海外に依存している畜産農家などは廃業を余儀なくされるかもしれません。

 これを防ぐ方法もただ一つしかない、と思います。全野党が(めずらしく一致している!)提案している「消費税」の減税もしくは廃止です。

 これは有効です!直ちに物価が5~10%下がるのですから。景気対策にもなります。GDPの60%以上が個人消費なのですから。こんな“正しい”政策さへ、現政権では(情けないことに)やれません。なぜなら、彼らの政策では消費税(増税)と法人税(減税)はリンクしている(セットになっている)からです。

 法人税を元の安倍政権以前にもどしても、世界的に見ても日本の水準はフランスやドイツよりも低いのですから、何の遠慮もなく実現可能です。しかも仏独の経済成長率は日本より高い。なのに、かれらの「お仲間資本主義」(岸田さんの「新しい資本主義」というのもこれでしょう)では、基本原則で固守しなくてはならないものだから、できない。

 かれらの論理からいけば防衛費が2倍(GDP2%)になれば、おそらく消費税も2倍(20パーセント)にしなければならなくなるでしょう。

 この参院選で「ねじれ」をつくりだして、選挙後ただちに臨時国会を開かせ、消費税廃止を実現しなければなりません。

 ただ、問題は、消費税を廃止しても、円安インフレの地獄はつづくでしょうから、これさえ決定打ではないのが心配の種です。日本は「アベノミクス」の大失敗でぬきさしならないところまで来ている、とわたしは思います。

 えーと、えーと、・・それから・・、えーと・・・・・

 日本が、「二院制」でよかった!「参議院」があって、よかった!!

 あ・いや、こんなことしてる場合じゃありません。選挙に行ってきます。投票に行ってきます。7月10日まで待てません。宇和の市役所へ行って不在者投票(今は期日前投票というらしい)してきます。投票先は、もう決めています。

 選挙区は、高見知佳さん!

 比例区は、山本太郎率いる「れいわ新選組」です!!

                     (2022・6・26)

P.S.

わたし、人生には絶望してません。俵津の将来にも絶望してません。

この稿、続くかも・・?!

 

 

 

 

 

 

 

「ミニ・じじばば」は、どうでしょうか?!

昨日、梅雨に入りました。百姓の「ゴールデンウィーク」!が始まったのです!

静かな雨が降っています。

❤ 

 去る6月9日、俵津老人クラブ(永山福重会長・会員221人)の役員会がありました。新年度の初会合です。

 審議事項(と決定内容)は以下の通り。

①遠足(コロナ禍が続いているためやらないことに)

②盆踊り 笹飾り準備(俵津地区協議会の決定次第でやることに)

③町クロッケー大会(高山老人クラブが解散したので検討中)

④じじばばスーパー演芸会(まだムリ?!)

アジサイ花壇づくり(片岡さんたちが昨年挿し木したものが花をつけた段階で、全体の配色を考えて色別に分けて植栽することに。場所は浜通り農協駐車場を最初にして実施。)

⑥公民館周辺清掃(6月22日実施)

⑦米寿祝いについて(該当者10名、3000円)

 さて、審議を最後に回された④「じじばばスーパー演芸会」のことです。

 企画から早や3年目。実施できない苛立ち・悩みを会長が語ります。でも、会長のせいではありません、絶対に。にっくき「コロナ」のせいです。

 わたしは、“おもいつき”を「提案」してみました。

 表題の、「“ミニ・じじばば”は、どうでしょうか?!」と。

 100~150人規模を想定した“大”演芸会は無理でも、この役員会メンバーの24人だけの小さな会をやってみませんか。公民館の大ホールで、十分距離を取って、換気を十分にして、通信カラオケを借りてきて・・やってみませんか。

 まだ何年続くかわからないコロナ禍。そろそろ、わたしたちなりの「出口」を見出していかなければいけない時期に来ているように思います。「NHKのど自慢」などを見ていると、客数制限をしたり、アクリル板を設置したり・・とさまざま工夫がなされて実施されている段階にきています。

 8月までには、「老人」すべてに4回目のワクチン接種が終わります。すこし涼しくなりはじめた9月ころ、感染者数が減り始めたのを確認して実施したらいかがでしょうか?!

 みんなの反応は、「うーむ・・・」と首を傾げるひとが三分の一くらい。「それなら、いいかも・・・」と思っているような(?)顔をしているひとが三分の二くらい(?)。

 しばらく話し合って、出た結論は、「やってみるか」でした!

 会長が、実行委員を選任して、会を開いて、実現に向けて歩み出すことになりました!!「よかった!」と素直には喜べませんが、少しずつ少しずつ、みんなで道を開いていきましょう!老人会は、俵津最強のパワー集団です、から。

 「〈うきな〉によって、コーヒーでも飲んでいかんか」

 役員会が終わって帰りに先輩の高月信夫さんに誘われました。伊勢富雄さんも誘って、三人で行きました。(〈うきな〉は換気対策・コロナ感染対策バッチシで問題なしです)。店に入ると、同級生の三好富雄くんが歌いかやりよりました。♪ にーほんかいゆく~ きぼお~の ふうねえは~ ゆめがつみにの せえーんごくぶねーだ~・・・、五木ひろしの最新曲「北前船」です!おお、やっちょるのおー!わたしたちも負けじとそれぞれ何曲か歌ったことでした!

 三人でしみじみ話し合ったのですが、俵津に〈うきな〉店があることは、本当にありがたいことです。気楽に立ち寄って、コーヒーが飲めて、話が出来て、歌も歌える。このことの意味は、想像以上のものがあるように思います。地域の活性化などというのは、実際にはこういう所がいくつもあって、地域の人たちが普段から活発に集っているという結果でできるものです。こういう店はみんなが大切にしなければ、と思います。

 わたしたちは、早速「ミニミニ・じじばば」を実行したのでした!!(もっとも、ババはおりませんでしたが)。

                     (2022・6・14)

 

 

 

こんなこと、あんなこと・・・。

1、

 わが家の近くを流れる宮崎川のほとりに、源氏蛍を大きくあしらった「ほたる」の幟(のぼり)がたてられました。狩渡橋から畑岡橋までの間に三本。ほたる保存会と俵津スマイルの製作によるものです。いよいよほたるのシーズン。この時点ではまだほんの数匹ですが、川底には蛍のエサとなるカワニナがいっぱいですので、やがて湧くようにホタルが飛び交うようになることでしょう。子供連れの家族がいきかいにぎわうことでしょう。

 このホタル、わたしたちの子供の頃には顔にぶちあたるくらいいて、素手でもつかまえられるくらいだったのですが、まったく見られなくなって久しかった。それをかつての新田こせがれ会の佐藤勇くん(故人)が中心になって、佐藤深志さん(故人)の指導の下長年の増殖活動を続け、ここまでにしたのでした。この町の水面下で、強いこの町への「おもい」を抱いた者たちの営みがありつづけたことに、あらためて深い感慨をもよおします。

 〈佐藤深志〉さんは、惜しくも昨年亡くなられましたが(享年95歳)、実に「村宝(むらだから)」の人でした。俵津の偉人の一人・井上和(いのうえかのう)氏を師と仰いだ農民画家でした。わたしたちがやった「新田ふるさとまつり」の芝居の背景の絵なども描いていただきました(器用な人で、時代劇のカツラや牛鬼の面までも作っていただきました!)。最高傑作は、旧塩風呂の階段の踊り場に掲げられた畳一畳分はあった大作の“河童”の絵でしたでしょう。子供が「コワイッ」と言って怯えたほどの鬼気迫るすばらしい作品でした(こどもがあまりに怖がるので撤去され、今は歴史資料館に眠っていますが)。

 また佐藤さんは非常な物知りでした。ホタルの育て方はもちろんのことですが、村の伝統・歴史からなにからその該博な知識は地域に貢献すること大でした(たくさんの人が教えを請いに日参したものです)。自由に生きたおおきな存在が、また一人いなくなったことは本当に残念です。

2、

 このところずっと取り上げている件(くだん)の「アンケート」のことですが、漏れ聞くところによると回収率が70パーセントを超えているそうです。驚くべき数字です。それだけ俵津住民の関心が高いということでしょう。それに火をつけた公民館や検討委員会の功績も大きいと言えるでしょう。

 何人かの友人が言っておりましたが、「あのアンケート、おらが書こうと思っていたら、早やかあちゃんが書いて出してしもうちょったわい!」。こころをざわつかせるワクワクを感じさせます!

 俵津のひとたちがどのような「危機感」を抱いているのか、どのような「まちづくり」への具体策を持っているのか、「まちづくり」をテーマにこのブログを書きつづけて来た者としてとても興味深いことです。一日も早い“公開”が待たれます。

3、

 俵津の「人口増加対策」。ほんとうに大変でしょうが、あまり大上段に振りかぶったことを考えなくてもいいのではないか、と考えます。なによりムリですから。そうでなく、たとえば、3人以上の家族の移住者をとりあえず10組だけ増やそう!と志向して努力してみる、というようなことが大事なのではないでしょうか。それを、この2~3年で達成するという目標をもってやる!

 達成できれば、俵津はずいぶんと目に見えて変わるような気がします。

4、

 玉井葵さんの『ぐうたら通信』(No.260/2022.06.01)を読んでいたら、こんな記事がありました。引用させていただきます。

「三瓶分校(宇和高校)が来年度、生徒募集を行わないと決定した。24年度で廃校になる。それだけのことだが、地域から学校が消えることの意味は深刻だ。

 三崎高校が出来たばかりの頃、入学志願者が少ないと廃校になるというので、地域が盛り上がって、入学願書を出したのだそうだ。子供だけでなく、その親も。試験は受けに行かないから、入学者は増えないけれど、廃校は免れた。そんな話を、高村さんという先輩が話してくれた。

 そんなことが今も通るかどうか知らないが、地域に熱気がなくなったのだろう。

 受験生が減ったから募集を停止する。数年後には廃校になる。理屈はその通りだが、その衰退に対して、何も手を打たないでいて良いものだろうか。」

5、

 右の「リンク」欄にある「田舎暮らしを楽しもう」HPの月一の「田舎便り」エッセイがおもしろいです!

  その筆者は、この俵津で生き暮らしてきた過去を振り返りつつ、その意味するものへの深い考察を繰り広げ続けています。

 「振り返ればこの数十年でなくなったもの失ったものは、数限りなくある。里山・里海のたたずまい。昆虫たちの生命をはぐくんできた、自然環境。

 善人同士手をたずさえて大地とともに歩んできた暮らし向きも、金融資本主義の前には道端に転がる石ころのようなものなのかもしれない。

 それらは田舎暮らしにおいて安心安全それに利便性の追求の代償であると言えばそうなのであろうが、過疎の大波に人はさらわれ、ゆく手を阻まれた善人たちの未来は、もしかすると昆虫たちのたどった道であるのかもしれない。」

 この筆者のような「営み」が今とても大切なのだとおもいます。歴史の表面にはあらわれないかもしれないこのような思い・記録・考察が、わたしたちの人生を豊かにしてくれます。俵津を薄っぺらな町でなく深い魅力的な町へと導いてくれます。

6、

 同じ「リンク」欄の「西田孝志・私の映画案内」の筆者も、新しい試みを始めました!曰く、「獺祭の徒然なるままに」。

 彼の沸騰して横溢する映画だけにとどまらないさまざまの熱いテーマたちへの想念が満を持したのでしょう。カワウソが、とらえた魚を河の中の平たい大きな石の上に並べて神に供える祭事のようにして、彼の脳内を高速で行き交う各テーマに対して分析・考察する。それが激しい怒りであれば、該博なアーカイブから極めて説得的な引用を試みて持論を展開する。めくるめく彼の新しい世界にわたしたちはただ立ち尽くしてながめるばかり。

 

 おたがいに「老い」をかかえて生きてはおりますが、知人・友人たちのさまざまな試行や発言に日々勇気や生きる力をもらっているわたしです。いつか、コロナが去りし日、まだ見ぬあこがれの焼酎・“獺祭”に舌鼓をうちつつ語り合える日がおとづれることを。

                        (2022・6・6)

 

 

 

 

 

新しい「たわらづ」の始まりの予感

 わが家では今、ジューシーフルーツ(河内晩柑)の収穫出荷の最盛期を迎えています。一般の農家ではほとんどがその時期を終えているようですが、完熟果出荷が原則の無茶々園では今がその時。初夏の陽光を浴びた透き通るようなゴールドの果実を見るとこころが浮き立ちます。

 「アンケート」や「地域づくり活動センター」のことが、あれからずうっと気になっています。

 いろいろな「声」が聞こえてくるようになりました。集落センターを「カラオケルーム」にしたら!、というのもその一つです。俵津文化協会が地区の有志の浄財を募って購入したカラオケ機器一式があるのだから、個人個人がDVDを持ち寄って自由に歌いあえる場所にしたらいい、というのです。いいですね!

 公民館利用法の意見ではありませんが、「キッチンカーを使った移動喫茶店」というのはどうか、と提案する人がおります。その行き先行き先が人の集まる場所・交流の場所になるのでは、という発想です。彼はまた野福峠の中腹のあのさくらの植林数の最も多い、しかも空間に余裕のある場所に喫茶店を設けてはどうか、とも語ります。展望テラスもおおきく張り出して、絶景宇和海を見ながら飲むコーヒーはさぞかし美味しいだろう。評判になるだろう、俵津の知名度も増すだろう。というのです。

 いやあ、いいですねえ!こうした「案」達が湧きたってくるのもあの「アンケート」効果でしょうね!新しい「たわらづ」が始まりつつある予感のようなものを感じるようになりました!

 件の「アンケート」は、まだ集計結果が公表されていませんが、今回のことは俵津の「まちづくり」の画期になることは間違いないでしょう。やはり、行政が動いた時が、大きな契機・転機です。

 わたしの「希望」・「ねがい」みたいなものを以下箇条書きにしてみます。

1、「センター」の専従者に、3~40代の若いバイタリティーのある方がきてくれるといいですね。

2、「シンポジウム」が開かれるといいですね。検討委員の方々の熱弁を聞かせてください。

3、「会報」を出していただけるとありがたいです。

4、「俵津ホームページ」の役割がますます大きくなります。早く新しい製作者集団(3人以上)をつくっていただいて、地域のひとだけでなく、全国にいる俵津出身者や俵津応援団の方々に向かって情報発信していただきたく思います。

5、一般住民も常時、センターへ意見や案(や「イイね!」)を出せるSNSのシステムをつくれないものでしょうか。ガラケースマホも持たないわたしはSNSについて何も知りませんが、たとえば、住民の「ツイート」がセンターに直接届く・集約される、そしてそれが閲覧される・できる・・、というようなものの構築はできないものでしょうか。(フェイスブックやインスタグラムやその他も・・)。

6、公民館に常設の「投書箱」を置いてもいいですね。

7、「使えるお金」の一覧表をつくっていただけないでしょうか。たとえば前回書いた俵津葬祭組合の300万のようなものです。俵津にはいろいろな所にいろいろな“埋蔵金”がありそうです。これがあればさらに直接的にさまざまいい案が出るでしょう。出せるでしょう。(お金、今この時に集中して使い切りましょう!「生き金」にしましょう!)。

 とりあえず、これくらい。いづれにしても、「センター」が船出するまでのこれからの一年間は、われわれにとって極めて大切な一年になると思います。「俵津百年の大計」をたてるチャンスです。えっ、百年後に人がおるか?って!大丈夫、一人いれば何とかなります。その一人が配偶者を見つけて、アダムとイブになって、イザナミイザナギになって、また新たにことを始めればいいのです。俵津はいつだって永遠です!

 青年団に入りたての頃を思い出しました。夜更けてみんなが大言壮語をおらびはじめる酒の席です。先輩が若いもんに言うのです。「いいか、おまえら。モノを言う時はのお。自分が町のいちばんエライもんになったつもりで言え。町長になったつもりで言わんといけんぞ。わかったか。エ、オイ。コラ。」

 いやあ、怖かった・・・。でも、そんな人がいて、今でも若者にそんなふうに言ってほしいですねえ。

 もうひとつ、思い出しました。田中清一くんが主事、中村吉三郎先生が公民館長の頃。わたしが酔ったいきおいで生意気にも言ったという話です。「いまのような社会教育をしとって大丈夫ですかねえ。こんなんでこれから俵津が自立してやっていけるようになるんですかねえ。社会教育はもう終わったんじゃないでしょうか。」。(なんというヒドイナマイキでしょう!)。これ、わたしの友人が言うのです。わたしは覚えていませんが、なんか中村館長にひどく怒られたような記憶だけはあります。愛の叱責でしょうが。地域のひとたちが自由にモノを言いあう雰囲気があった豊かな時間のなかでのできごと・・。

 友人は、「社会教育復活論を書け!」とわたしに言います。そんなこと俺にはできん・・!

 でもまあ、コロナが早くおさまって、みんなで酒酌み交わしながら、ああじゃこおじゃと話がしたいもんですね。

                      (2022・5・26)

 

 

 

 

 

まず「喫茶店」づくりから始めてみないか。

 今日は「こどもの日」、ゴールデンウイーク最終盤です。みなさまはこのゴールデンウイークいかがお過ごしでしたでしょうか。わたしはと言えば、タケノコ堀りとかぐや姫探し(妻が「かぐや姫も連れて帰って」というもんですから、竹取の翁になったつもりで目を凝らして竹藪の奥までさがすのですが、まだ光る竹見つけられません)とか、お茶摘みとか・・・。妻が煎って、わたしが揉んでを3回繰り返し、天日に干して乾かしてできあがった新茶はとても美味しいです。

 ところで、前回の終りの方にちょこっと書いた「アンケート」の件です。

 これ、俵津で発せられた文書としてはかなり重要なもの、歴史的にも大きな意味をもつものではないか、と思えてきております。大げさでしょうか。いえ、そうではありません。こんな危機感に満ちたもの、そんなにありませんよね。まず、その「お願い文」を転写しておきます。

 

        ※          ※          ※

俵津地区住民の皆様へ

            ~アンケート記入のお願い~

                 俵津地域づくり活動センター検討委員会

 

「365」 皆さんはこの数字なんだかわかりますか?

 この数字は、約30年後の俵津地区の人口推計値です。(西予市HPより抜粋)

2010年(1328人)、2015(1209)、2020(1031)、2025(897)、2030(764)、2035(642)、2040(531)、2045(442)、2050(365)

 俵津の人口は昭和50年頃には約2,000人いたものの、年々減り続け、2021年末についに1000人をきりました。

 こうした急激な人口減少や高齢化による過疎化が進展し、担い手不足による集落活動の衰退や暮らしの利便に関する不安が増大しており、一律的な行政サービス・既存の仕組みでは対応できない時代に直面しています。

 西予市では、公民館のあり方を見直し、市民の多様なニーズに沿ったまちづくりや地域の主体的な活動を進めていくため、令和5年4月1日から市民と行政の協働の場となる地域づくり活動センターを実現するための計画を進めております。

 そこで、当委員会では、俵津公民館が地域課題解決や人口減少社会に立ち向かうことのできる活動の拠点とするため、アンケートを実施することといたしましたので、ご理解・ご協力のほどお願いします。

(俵津地域活動センター検討委員)

・山下秀一 ・日越三雄 ・伊井望 ・高岡恵 ・伊藤夕子 ・永山福重 ・酒井正人 ・片岡清美 ・宇都宮幸博 ・宇都宮凡平 ・酒井宇之吉 ・安藤芳夫 ・政田光代 ・酒井正馬 ・浅井裕史

 

         ※         ※         ※ 

 アンケートの内容は、俵津公民館・老人福祉センター・集落センターの各部屋をどう使ったらいいか(人が集まるようになるか)?というものです。各館の部屋の見取り図があって、記入欄があります。

 さて、俵津のひとたちはこれにどう答えるのでしょうか?!結果がとても楽しみです!わたしは、このブログにすでに書いた「公民館に集まろうーわたしの公民館使用法・案(その2)」(2021・07・09)をそっくり写して提出しました(よろしかったら、右のアーカイブからご覧になってください)。

 わたしは公民館が「自治センター」という名称になるのだと思っていたのですが、上記の3館あわせて「俵津地域づくり活動センター」になるというのが正解なんですね。

 さて、数多くある部屋、どこからどう手をつけるか、というのは、そんなに簡単なことではないように思います。ましてや今まで以上に人を寄せるというのは、ほんとうに大変なことだと思います。俵津の人口減少を止め、人口を増やし、昔日のように活気のある賑やかな町に再生する、などということが果たしてできるものでしょうか?!(もし、仮に、できるとしても、それには、俵津住民のよほどの意志力と結束力が求められるように思います。)

 まことに勝手なことを言って申し訳ありませんが、わたしは、住民のみなさんに、公民館が変わった、地域が本腰を入れて復興に乗り出す、ということを、鮮烈に意識化してもらい、目に見える形で理解していただくようにすることが必要ではないか、と考えます。そのための今回の提言です。

 正面玄関を入って右側の旧公民館事務所だった所(今は物置になっていますが)を、「喫茶店」にしませんか! そこから始めませんか!

 今度の「センター化」で、最大の変わった点は、施設内で社会教育法の制約を脱した営業活動ができるようになるということだとおもいます。そこに重点を絞った活動にしましょう!

 「喫茶店」といっても、二つのやり方があると思います。

 一つは、コミュニティカフェです。ネット検索で言葉の説明をさせていただきます。

 「コミュニティカフェとは、人と人とを結ぶ地域社会の場や居場所の総称です。長寿社会文化協会(WAC)が定義しました。2000年以降に急速に増え、その運営はNPO法人や任意団体、個人が主体となっています。空き家・空き店舗・自宅などを利用して開設され、毎日開催から週1のまでさまざまなカフェがあります。

 飲食スペースが設けられている他は、イベントやワークショップを行ったり、展示スペースを設けたり、地域の住民の手作り品を販売したり、地産地消の食材を利用した飲食を提供したりと、内容もカフェによって異なります。

 普通のカフェと違い、飲食を第一の目的とせず、地域住民が集い、交流し、情報交換することに重きを置いているのがコミュニティカフェの特徴です。

 利用者は高齢層や子育て世代が多く、障がい者の就労支援においても一端を担っています。」

 

 コミュニティカフェの実際(問題点)も触れられています。

コミュニティカフェはその多くがボランティアによって運営されているため維持していくには課題が多くあります。

 赤字の施設も多いのが現状で、自治体の助成金補助金なしには存続できません。また認知の低さから、決まった顔ぶれになりがちです。男性の利用者数は少なく、女性の利用者が圧倒的多数となっています。

 少子高齢化時代を乗り切るには地域コミュニティの再生が必要であり、その中核としての役割が期待されるコミュニティカフェ。男性の参加率を高め、定年や現役を引退した後の活躍場所であり居場所として活用できるかといった点が大きな鍵となるでしょう。」

※ ネットには、日本全国のコミュニティカフェが数多く紹介されています。ぜひご覧になってください。参考になると思います。

 もう一つは、ハッキリ個人営業の店にすることです。

 といっても、ここでは一人でも俵津の移住者を増やすためのものでなければなりません。移住希望者を見つけ、その人に仕事先を提供するもの、という観点が必要です。できたら家族でここに来てもらい、一人がこの店をやり、あとの妻か夫が他の仕事(たとえば福祉関係)をやるという形。あるいは夫婦でやり、何とかここで食っていけるだけの稼ぎを生み出していただく。

 もちろん、「センター」の方針に理解があり一緒にまちづくりに参加していただく方を探さなくてはなりません。

 住む家も、安い家賃で空き家を提供したいものです。

 どちらにするかは、みんなで話し合って決めたらいいと思います。エキサイティングなその過程こそ「まちづくり」にとっては大事なものなのですから。

 店の改装費(資金)もいります。

 思い切って、俵津葬祭組合が残した300万円をここに投入しませんか。みんながそこでコーヒーを飲んでみたくなるような雰囲気のいい店をつくろうではありませんか。

 いま、ものすごい勢いで進行している「円安」(物価高)のなかで、お金の価値がどんどん目減りしています。個人のお金は別にしても、こういうお金はいまこそ積極的に使うべきだと思います。この危機の時こそ適切に使って、事態を変える、苦境から脱出する、そのことが大事です。(2050年に使っても、何にもならないように思うのですが)。

 

 どうぞ新しいタワラヅが始まりますように。動き出しますように。

 天晴農園の若い人たちに続きましょう!!

                      (2022・5・5)

 

 

  

 

  

 

 

楽しくやろう!俵津農業!―その2

 山が笑っている。

 鳥は歓声を上げて歌っている。蝶も一斉に咲き始めた花から花へと鱗粉をまき散らせながら舞っている。

 与作もよひょうも正助もゴンも、野良に出て鍬打ちをはじめた。女房たちは弁当づくりに腕まくり。子供たちはおっとうやおっかあの周りで大はしゃぎ。村は喜びの輝く輪のなかだ。     

 わたしは前に同じタイトルで書いたことがある(2020・6・11)。その時は、今の若者たちが見せるわたしたちの時代とは異なった新しい息吹を取り出してみた。今回は別の視点から書いてみよう。

 この表題にふさわしい「楽しくやっている」そのものたちは、やはり何といっても「天晴農園」の面々だ。彼らは最初から「俺たちは誰が何と言おうと楽しくやるぜ!」と宣言しているようなやり方でことを始めている。最初に打ち出した“ゲストハウスの建設”ということ自体がそれを語っている。それはわたしたちの度肝を抜くような新しいやり方に違いない。

 無茶々園だってゲストハウス(研修センター)を建てたのは、経営が安定してからのずっと後からのことだった。無茶々園にとっては、常識的な世界の異物としての無農薬の「汚いミカン」をどうやって売るかということが、当初の最大の課題だったからだ。

 ところが天晴農園の彼らはもういきなりだ。素晴らしいことだ。農業と人生は、それこそが目指すべきもの、いや、もうそれそのものでなければならぬ、ということが彼らには体で分かられている、そんな印象を受ける。タワラズにニューエイジが出現した!

 農業の楽しさのなかには、もちろん自然の中で作物(ミカン)をつくることの楽しさがあるが、ひととの交流の中にも大きな部分があることを彼らは本能的・本質的につかんでいる。

 ブルーやライトグレーのツナギのユニフォームもいい。ホームページを創って情報発信する姿勢もいい。メンバーの一人上甲信輔くんなどは、自宅前で5棟のハウスを建て新しいことをやり始めた。こういうチャレンジ精神もいい。

 できあがったゲストハウスで盛大な交流開所式をやるそうだ。“もちまき”までやるとか聞いている。青年男女の素敵な出会いの場にもなることだろう。

 この俵津の天地で思いっきり暴れまわってほしいものだ。

※ 天晴農園の諸君に提案です!

  今の所が手狭になったら、空き家になっている故市川綱太郎・和子ご夫妻の家をお借りしたらいかがでしょうか!あの家なら広いし、改造しなくてもそのまますぐに使えます。広い倉庫もあります。共同での選果・箱詰作業にはもってこいです。また倉庫には、グランドピアノもありますので、ピアノが弾けるゲストが訪れた時などにはコンサートなどもやれます。その他さまざま発想して楽しいことをやったらいかがでしょうか!ご夫妻は、若者たちが集ってくれるのを本当に心から喜んでおりましたので、きっと幸せなトポスをつくれることでしょう。

 むかし、わたしたちの青春の頃までは、農業のイメージはハッキリ言って悪かった。3K(キツイ・キタナイ・キケン)の象徴のような職業。カッコ悪い、ダサい仕事。加えて、農村のイメージも悪かった。貧しい、封建的、ボス支配、女性蔑視社会・・・。

 このイメージを変えようとすることも、わたしたちの課題だった。無茶々園の活動はそのことに大きな貢献をしたと思う。無茶々園は農業をステキな憧れの職業にした。そして都会の優秀な青年たちが就活先に選ぶような職場をつくった。

 わたしも、楽しく農業をやるために、ごく卑近なことではあったが当時考えていたことがあった。

●自分の農園に「名前」をつけること。わたしは自園を「レインボー農場」命名した。トラックに緑色でRAINBOW FARMと描いたりした。あの頃はみんな家の姓を冠した〇〇農園と黒で描いていたものだった。斎藤達文くんが「ポコロコ農園」、川越文憲くんが「ドリーム農園」、などといったところがおもしろい。

●農場化。とりあえず、自園の入り口に看板を建てること。園の中に木のテーブルや椅子を置き、家族や仲間たちと語らう場所をつくること。昔のテレビドラマにあった「ララミー牧場」なんかが頭にあったんでしょうか。(これ結局やれませんでした)

●ファッション化。農作業をカッコイイ衣装に身を包んでカッコよくやろう!(私自身がオトコマエでなかったので、気恥ずかしくてやりませんでしたが)。

 かつて、わたしが所属した組織(グループ)で、仲間たちみんなが楽しくやったことも書いておこう。

 「俵津農業後継者協議会」でみんながやったこと。

●ユニフォームをつくること。まさしく天晴農園の面々が着ているような青のツナギのユニフォームをつくったのだった!

●共同農場をつくった。活動資金を潤沢にするために、仲間たちのキズナを深めるために、共同労働の楽しさを味わうために。酒井吉郎くん(現長山建設会長)が、所有の甘夏園50アールを提供してくれた。完全無農薬の甘夏は、無茶々園が引き取ってくれた。

●婚活交流会。故田中幸恵夫人のお世話で、八幡浜の酒六の女性たちと。これが縁で結ばれた者も。

 「無茶々園俵津支部でみんながやったこと。

●共同農場。佐藤深志さん(昨年逝去)から、ダバの甘夏園30アールを借りた。もちろん、完全無農薬で無茶々園出荷。共同農場には、甘夏が一番むいている。温州みかん伊予柑・ポンカンなど他の品種と収穫作業が競合しない。完全無農薬で作れる唯一の品種で管理が楽。

●「甘夏つくってハワイへ行こう!」運動。もちろん大山町の「梅栗つくってー」にならったのだ(楽しいこと、いいことはどんどんマネしていい!)。憧れのハワイは面白かったなあ!!!楽しかったなあ!

※ わたしたちは、園作業でも、旅行でも、お客でも、すべて夫婦一緒でした。

 「新田こせがれ会」でみんながやったこと。

●共同農場。アカダキの中村権さんの田んぼだった所。(中村さんは、「ワシの山、全部おまえらにやる。好きなように使ってくれ。なんならチリメン事業もやってもいいぞ。」と言っていた!)ここでは芋(紅あずま)づくりをやった。甘く美味しいわたしたちの芋は評判がよく、飛ぶように売れた。

●「新田ふるさとまつり」。ご先祖様の日(旧暦2月9日)に新田集会所で。昔、この日に行われた総会に出席できない青年や主婦たちは、さへやのはまで演芸会をやっていた。そのDNAがわたしたちの体にも残っていた。それを復活させたのだった。百姓というのは山での仕事だけではないのだ。地域に営む暮らしそのものも関わりをもつものなのだ。地域を面白くしなければ、百姓もほんとうには面白くならない。みんなで燃え狂った宴の時は、チョー楽しかった!

●「ロッジせせらぎ」の建設。クラインガルテン開設。

●視察研修、他所での交流会、勉強会、などなど様々やった!面白かったねえ!!

 宮沢賢治は、言った!

「……おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか……」

「芸術をもてあの灰いろの労働を燃せ」

 現代ではもう農業の労働は、そんなに「灰色」ではなくなった。とくに米つくりなどはすべて機械化されサラリーマンでも片手間で遊びごとのようにしてやれるようになった。われらのミカンとても、モノラックができ、選果機があり、フォークリフト、軽トラがあり、クーラーができ、電動剪定バサミ・電動小型チェーンソーが開発され・・でずいぶんと楽になった。近々モビルスーツまで実用化される段階に来た。販売方法も多様化している。いい時代になった。楽しくやれる農業の時代はすでにきている。

 ダイキやコメリなどのホームセンターへ行けば、それはもう星の数ほどの農作業を快適にするアイテム・ツールが陳列されている。それらを上手に使って「心に愛を!唇に歌を!」でやっていこう!!

 賢治のいう芸術や趣味をそれぞれが培いながら、この俵津(明浜・西予)の天地で楽しくやっていこう!!

 さまざまなこの町の課題もきっと解決できるだろう。

 

 俵津地域づくり活動センター検討委員会が、「アンケート調査」を始めている。いよいよ俵津も、地域ぐるみで動きだそうとし始めた。農家の数は往時の3分の一にはなっているが、楽しくやる百姓が果たす役割は決して小さくはないはずだ。

                       (2022・4・24)

 

 

 

 

夢の「核融合」技術に挑む子供たちはいないか?!

 夢を見た。

 人類の夢の科学技術・「核融合発電」の完成を志した少年少女たちが、この町にいた!そして、10年後・2032年。彼らはついに、その実用機を完成させた。彼らは特許のことなど眼中になく、技術(設計図)を全世界に公開し普及促進を図ったので、この発電炉は瞬く間に地球全土に建設された。これにより、人類の悲願ともいうべき「地球温暖化問題」「エネルギー問題」は、解決された。その功績によって彼らはノーベル賞のすべての賞を受賞した。各国の政府も独自の賞を彼らに与えた。・・・

 『世界史の分岐点 激変する新世界秩序の読み方』(橋爪大三郎佐藤優、SB新書、2022・1刊)を読んだ。面白かった!「知の巨人」二人の対話に興奮して眠れなかった。

 中でも、「核融合」を論じ合ったページ(「核融合発電こそ未来である」)にはワクワクさせられた。これを取り上げずにいられようか! で、今回はその紹介。というか、自分への備忘録。よろしかったらお付き合いのほどを!(ぜひ!)

■ 核融合発電とは何か?

橋爪 

 核融合発電は、簡単に言えば、原子核のエネルギー(核力)を、原子核を融合させて、取り出して、発電することです。

 分子量の大きな原子は、分裂すると核力を放出します。人間に有害な、放射性物質も生まれます。これに対して、分子量の小さな原子は、融合すると核力を放出します。放射性物質は出ません。太陽は、水素がヘリウムに核融合して、燃えています。

 核融合発電の場合は、重水素をヘリウムに融合させます。重水素は、原子核が陽子と中性子原子核が陽子2個と中性子三重水素トリチウム)も用います。これが融合してヘリウムになると、高エネルギーの中性子が出てくる。その中性子をキャッチして、熱に変換します。で、発電ができる。ヘリウムは無害です。中性子は、キャッチすれば無害です。熱になるほかに、三重水素も生産されるので、発電しながら核融合の原料がつくれます。

 さて、核融合炉はいつ実用化するのか。原理がわかっているだけで、いまは炉の基本設計ができかけた段階です。重水素三重水素を加速して、高エネルギー状態(1億度)のプラズマにします。このプラズマを閉じ込めると、核融合反応が安定的に起こると予想されます。その装置は、トカマク型といって、電磁石のドーナツみたいです。

 さて、あと何年でこの技術が実用化するのか。諸説あります。数十年、遅くても今世紀中でしょう。

■ その革命的意味とは?

橋爪

・ 核融合炉とは、簡単に言うと、「エネルギーが装置で生産できる」ということです。ふつうエネルギーは生産できないので、エネルギー資源を燃やしたりしていたのが、装置産業になる。産業全体、経済全体が、エネルギーの制約から自由になるのです。

・ しかも、炭酸ガスが出ない。環境への負荷もほとんどない。これがどんなに画期的な意味をもつか、わかりますね。ほかのエネルギー技術とは話が違うのです。

・ 核融合にも、少しの材料は必要です。三重水素核融合炉の副産物として出てくるから問題ない。重水素は海水中にあって、ほぼ無尽蔵です。ということで、石炭や石油のようなエネルギーに依存する時代は終わるのです。

・ 核融合が実用化した世界は、それ以前の世界とどこが違うのか。それまでは、エネルギー資源があった。石油や石炭は、特定の場所に埋まっていた。それを消費地(先進国)に輸送して、発電は消費地で行っていたのです。中東を防衛したり、シーレーンを防衛したり、地政学的な配慮が必要だった。

・ パイプラインもなくなる。だから、世界の軍事的、地政学的、戦略的配置が大きく変わる。中国に石炭があるとか、アメリカが産油国だとか、もどうでもよくなる。

佐藤

・プラスチックなど化学製品の製造にも石油は必要ですが、大半はやはりエネルギーですから、石油の用途、需要は非常に限定的になりますね。

・ 何よりも重要なのは、軍事転用ができないということです。 

■ 問題点は?

佐藤

・ 政治コストなんですよ。核に対する形而上的抵抗感。これは、理屈をわかっているほうからすると迷信に過ぎませんが、迷信であるがゆえに根強いんです。要は政治家が思考停止せずに政治をする、つまり政治的に立ち回って実現させていく気があるのかという問題です。

・ 核融合技術に関しては、一応、形としては国際協力の枠組みがあっても、どこの資本だって抜け駆けしたくなりますから、やはり国際関係の大変動、資本同士の覇権争いにつながっていくでしょう。ただし開発の規模からして、おそらく多国籍企業であっても特定の民間企業の力だけでは難しいと思います。

・ ただ、ここで1つ大きな障害になるのは、ネイション・ステイトだと思います。

・ 「啓蒙的理性」を育てることが必要です。

橋爪

・どの国がいちばん最初に、効率のいい商用炉をつくるか、の競争です。ただ核融合炉は、電気をつくるだけです。従来の送電網にくっつければ終わりです。風力発電とか、砂漠に太陽熱発電所をつくるとかいう、余計な設備投資はしないですむ。再生可能エネルギーは、核融合が実用化するまでの「つなぎ」です。

・ 勝負は、電気代だと思う。どれだけ安く、効率のいい核融合炉ができるか。それは超電導の技術や、磁石の性能やコンピュータ制御のソフトや、そういう総合力の問題になる。この総合力があるのは、アメリカ、中国、EU。あとは日本、ロシア、インド。このへんですね。その中で一番信頼出来て値段の安いものが、世界中の核融合炉を受注することになる。日本はそこに割り込むのがいいです。全部を受注できなかったとしても、超電導コイルは任せてください、みたいに割り込む。つまり、ここにはかなり投資すべきです。

・これ、行く行くは、膨大な雇用をうみだす基幹産業になると思いません?今ある日本の大企業とは、無関係ですけどね。

 この話が載っている第2章「科学技術の分岐点 人類の叡智が、新しい世界を創造する」には、さらに今後20年くらいで現れるであろう「驚くべき新技術(EDT)」についても触れられている。データ、AI、自立システム、宇宙空間の高速移動、量子技術、バイオ、新素材。しかも、これらが組み合わさって、新しい創発効果をうむだろうことまでが。

 わたしたちは「未来」に絶望しなくていい、そんな気持ちにさせてくれる。

 そして、橋爪さんは、この章の最後をこう締めくくる。

・ 産業、経済を育てるには、技術者、経営者、経済学者、政治家、アカデミアの人間などいろいろ社会や人間についてよく理解している人びとが、知恵を出し合っていかないとダメです。日本人がちゃんと給与をもらって、安心して働ける産業を、創造しなければならない。いまある産業は、だいたいなくなっちゃうのですから。

・ 介護とか、サーヴィス業とか、効率化がむずかしく生産性があがりにくい業種がかならずあります。そういう業種の人びともみな、中産階級としてともに暮らしていくためには、生産性の高い新産業を育てて、そこで生み出される付加価値を、みなで分け合う分配の仕組みを築くしかない。日本国内に付加価値の高い新産業を育てる。それしか解決はないのです。日本の既存の大企業は、海外に生産拠点を移し、派遣や非正規を踏み台に、自分だけ生き残りをはかりました。こうした大企業が、これから必要な分配の仕組みを担うのはもう無理だと思います。

佐藤

・ 特にGAFAみたいなものをモデルにして、そこにイノベーションを求めたとしても、雇用は生み出さないですからね。

 以上で長い引用(書き写し)を終わるが、せっかくだから他の章もタイトルだけ記しておく。

・第1章 経済の分岐点 「アメリカ一極構造」が終わり、世界が多極化する

・第3章 軍事の分岐点 米中衝突で、世界の勢力図が塗り替わる

・第4章 文明の分岐点 旧大陸の帝国が、覇権国の座を奪う

 著者二人について

橋爪大三郎氏は、1948年生まれ。社会学者。東京工業大学名誉教授。

佐藤優氏は、1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官(ロシア担当)。

 日々報道されるロシアのウクライナ侵攻に憤りが止まらない。いま人類がすべきは戦争(侵略)ではない。両氏が論じたようなことこそ、人類の喫緊の課題だ。

                      (2022・4・14)