虹の里から

地域の人たちと、「まちづくり」について意見を述べ合う、交流ブログです!

西田エッセイ  第十回  (最終回)

西田孝志・連載エッセイ「私の映画案内」

         「ブレクジット(離脱)」

 

ブレクジット選挙の真実に触れた映画

 映画「ブレクジット」2019年・イギリス。は、極めて興味深く、注意を引く映画です。英国で行われた、EUからの離脱を問うブレクジット選挙は、世界史に残る大事件なのですが、その詳細や内容についてはあまり詳しくは報道されてはいません。この映画を見て、私は始めてブレクジット選挙の、真実に触れた気がしました。ぜひ見て欲しい映画です。

 この映画は、関係者の証言や事実を元に製作された映画で、その内容は信頼に値します。特に離脱派が、どの様な戦略をたて、どの様な技術を駆使し、勝利した結果、何が残りその後何が起こったのかを克明に描いています。それは正に、大衆への高度なマインド・コントロールとでも言うべき選挙戦術の始まりを告げるものでした。

■離脱派を率いたのは、どんな人物なのか、

 離脱派を実質的に率いたのは、政治的にまったく無名の、元首相報道官ドミニク・カミングスと言う人物でした。離脱、残留、共に政府から公式に認められた支援団体が認定されましたが、離脱派団体のトップに立ち団体を率いたのがドミニクでした。彼はどんな人物なのか、一言で言うなら、思想に置いては理想主義者、行動に置いては現実主義者、相反する性格がそのまま内在した様な、とにかく複雑な性格の男と言って良いでしょう。

■離脱派の、大衆へのマインドコントロール選挙戦術とは

 この男が選挙に際し使った、幾つかの革新的な手法は特筆すべきものと言えます。一つは強烈で短いキャンペーン標語の採用です。彼はオバマ大統領の「イエス・ウイ・キャン」を参考にしたと言っています。彼が決めたのは「主導権を取り戻せ!」と言う言葉でした。取り戻す、と言う事は、主導権を失った、と言う事です。英国がEUに加盟した際、何についての主導権を失ったのでしょうか、何も失っていないのです。反対に、人と物の自由な移動に依り得たものの方が多かった筈なのです。しかし、この標語に依り大衆は自分たちの生活の多くの部分がEUに依って奪われたのだ、と感じる様になって行きました。

 次に彼は、一日3億5千万ポンドのEU負担金、と言う出所不明の出鱈目な数字を打ち出し、そんな大金が恰も大衆の懐から流れ続けている、かの様に宣伝しました。まったく事実無根の数字です。だが多くの人々がこれを信じる様になった、額が大きければ大きい程、被害者意識は大きくなるのです。

 移民政策に置いて、彼はもっと巧妙でした。彼の支援団体が反移民キャンペーンの表に出る事は決してなく、離脱派の極右政党幹部を専らメディアに露出させ、人種的な偏見や差別の非難を彼らに引き受けさせたのです。そして彼は、EUに加盟の見込みはないが、英国民が心理的に一番嫌いなトルコを標的にして、EU加盟を続ければ、一千万人のトルコ人が移住して来る、と恐怖を煽ったのです。覚えていますか、ヒトラーの反ユダヤキャンペーンを。恐怖と憎しみは、人間が最も信じやすいものなのです。ヒトラーはこうも言っています、「大衆の理解力は小さく、忘却力は大きい」と。

SNSを駆使した果てに

 そして彼ドミニクが選挙運動の中で最も力を注ぎ、最も成功を収めたのが、SNSに依る国民の情報の不正な取得と、その情報に依る心理操作を伴う、不正な選挙キャンペーンだったのです。この出来事はブレクジット選挙に留まらず、後のアメリカ大統領選にも大きな影響を与えました。

 少し詳しく説明しましょう。彼はまずカナダのアグリゲートIQと言うデータ分析会社に接触しました。そこで彼は人々が日常的に使用しているSNSへの書き込みや閲覧履歴などを、アルゴリズムを使い集約させる事に依り、その人物の趣味や性格、支持政党、投票行動の有無、さらに恋愛中かそうでないか、まで把握できると教えられるのです。アグリゲートIQの代表は、彼の眼の前でいとも簡単に、今まで投票に行った事のない300万人の人々を表示して見せたのです。

 次に登場するのが、ケンブリッジ・アナリティカと言う、選挙のサポートや宣伝、情報分析を行う会社でした。この会社はSNS上に送り出す広告を専門的に扱っていますが、送る相手の個人情報に依って、個人を分析し、その個人の好みにあった広告内容に自在にデザインを変更する事が可能でした。設立者はこの手法を使い、政党の支持率を実際に数ポイント上昇させました。この会社の持ち主が、スティーブ・バノンです。後にトランプ大統領の首席補佐官となる人物なのです。

 ドミニクはこの2社を使い、イギリスのSNSユーザーに対し、選挙期間中に10億件の広告を流しました。その効果が、実際にどれ程のものであったのか、その立証は難しいと思います。しかし、誰もが残留派が勝つ、と思っていたのです。いや世界中がそう思っていたのです。それが覆りました。確かに効果はあったと思います。

アメリカでも同じことが・・・

 選挙後、両社はアメリカへと渡りました。両者をトランプ候補に引き合わせたのは両社と関係のあった、大富豪の実業家、ロバート・マーサーと言う人物でした。彼は大統領選におけるトランプの最大の支援者となり、あらゆる面で彼を援助しました。

 その後、何が起こったのか、ケンブリッジ・アナリティカとフェイスブックの間における8,700万人の個人情報流出問題でした。フェイスブックから個人情報が抜き取られ、ネガティブキャンペーン広告が洪水のように送り込まれることに怒ったユーザー達が訴訟を起こしたのです。

 2018年、フェイスブックマーク・ザッカーバーグアメリカ議会の聴聞会で、個人情報の保護、管理が甘く不適切だった、と謝罪しました。ですが、アメリカの人々はそんな言葉を信じてはいません。なぜならフェイスブックはトランプの選挙キャンペーン事務所で、ケンブリッジ・アナリティカと机を並べて、仕事をしていたのは周知の事実だったからです。

■キャメロンは何故ブレクジット選挙に踏み切ったのか

 最後にキャメロン首相は何故ブレクジット選挙に踏み切ったのでしょうか。離脱の要求は20年前からあり、その声はマグマのように英国の地下に溜まり続けていました。いつか、誰かが実行しなければならなかったのです。議員にあまり人気のないキャメロンが首相に立候補した時、離脱派の議員がブレクジット選挙を条件に、彼を首相にしたのか?あるいはキャメロンが首相になる為に、議員たちに国民投票を持ち掛けたのか?、今となっては分かりません。

■イギリスはカオスの時代を迎えるのか

 いづれにせよ、双方に残されたのは抜き難い不信と敵対心、そして、癒し難い感情の対立でした。事実、選挙期間中に残留派の女性議員が、離脱派の若者に射殺されました。本当に悲劇です。イギリスは最早誰にもコントロールの出来ないカオスの時代を迎えるのでしょうか。今起こっている事は、いつか私達にも起こる事です。眼を開けて時代を見つめましょう。

 それではこの辺で、ゴキゲンヨウ・・・・・。

 

●morino-shimafukurouからのコメント

 2016年には、二つの世界的大事件が起きました。6月の「イギリスのEU離脱」、11月の「トランプ大統領の誕生」。わたしは、残留派が勝つと思っていました。ヒラリー・クリントンが「ガラスの天井」を突き破ると思っていました。わたしの予想は、どちらも見事に外れました。二つの事件の裏側で、このような企て・策動があったとは。驚きです。西田くんの時代を見る目の確かさにただただ敬服するばかりです。

 そしてわたしは、同時にある思いにとらわれて、慄然としました。もし日本で、政府自民党が「憲法改正国民投票」を仕掛けた時、たとえば電通と組んで同様のキャンペーンがなされたならば、同じことが起こるのではないか。・・・

 西田くんの「エッセイ」は、(まことに残念ですが)、今回で終わりです。彼には「俵津ホームページ」で15回、わたしのブログで10回、書いていただき、素敵な「にぎわい」をつくっていただきました。俵津出身者で、このように求めに応じて、気軽に「いいよ」と言って原稿を書いてくれる人がいるという事は、本当に素晴らしいことだと思います。心からあらためてありがとうを言いたいと思います。

 ここで、西田孝志(にしだ こうし)くんのことを少し書いておきます。

 彼はわたしの同級生で、中学2年まで俵津にいて、その後家族で大阪へ引っ越して行きました。無類の映画好きでした。八千代座(若い人は知らないかもしれませんが、かつて俵津にあった映画館です)にかかっていた映画は、当時ほとんど見ていたのではないでしょうか。

 また、無類の「本好き」でした。同級生の女の子たち(みんな、おばあちゃんになってしまいましたが)の間でこんな“伝説”(!)が、今でも残っています。「孝志さんは本を読んでいる時、眉毛を一本一本抜く癖があって、一冊読み終わった時には片方の眉毛が、なななんと、無くなっていた」!!。(笑)

 俵津小・中学校の図書室の本はほとんど読んでいたのではないでしょうか。わたしの記憶にあるのは、中学の時、俵津公民館で借りたと言って、江戸川乱歩全集を読んでいたことです。クリーム色のごっつい本でした。

 社会人になってからは、旅行会社に勤めて、世界中をツアーコンダクターとして飛び回っていました。

 小説を書くのが趣味で、すでに400字詰め原稿用紙1000枚以上書き溜めているとか。「映画エッセイ」も、まだ300回は書けるとか・・・!

 そこでわたしは、彼に「ブログ」の開設をすすめました。余生を毎日それに投じよ!と。「私の映画案内」「私の読書案内」「私の旅案内」「小説」、エトセトラ・エトセトラ・・・。

 近々、彼のブログが立ち上がるかもしれません。楽しくてためになる蘊蓄の数々が読めるといいですね。そのときは、“リンク”することにします。楽しみにして、待ちましょう!

                     (2021・2・13)