虹の里から

地域の人たちと、「まちづくり」について意見を述べ合う、交流ブログです!

西田エッセイ  第九回  (全10回)

西田孝志・連載エッセイ「私の映画案内」㉔

           「アウンサン・スーチー」

 

 先日、NHKの深夜の海外ニュースを見ていたら「スーチー政権の足元揺らぐ」と題して、次のニュースを報じていた。

 ある少数民族の町で、その町の広場に黄金のアウンサン将軍(スーチーの父親・ビルマ独立の父と言われている)の銅像を建てる事になり、少数民族の人々がそれに反対してデモを行った、が結局銅像は広場に建った。住民の一人がマイクに向かって「私達は結局二級市民の扱いしかされていない、次の選挙にはスーチーには投票しない」と言った。

 この報道で、NHKは何を訴えたかったのだろう。スーチー政権の独裁化?それとも政権の私物化?それとも、ロヒンギャの様に少数民族を無視し弾圧を続けるスーチー政権の危険な一面を、報じたかったのだろうか?

 私達はミャンマーについての情報をあまり持たない。だから70年代に起こったミャンマー民主化デモと、軍部の激しい弾圧についても良く知らないし、弾圧の結果、若い学生たちが千人単位で日本へ亡命し、令和の現在も日本で居住し、すでに二世・三世が生まれて生活している事も、あまり知らない。

 では今私達がミャンマーについて知っているのは何だろうか。今現在ミャンマーについて報道されるのは、ロヒンギャについてだけと言って良い。ミャンマーではロヒンギャと言わない、ベンガル人である。世界はこのロヒンギャの問題に対して、一挙にミャンマーと、スーチーに対しての非難を強めた。当初テレビは連日の様にバングラデシュに逃れるロヒンギャの人々を撮し、世界中から彼らへの同情と、反対にミャンマーへの非難の声が寄せられた。

 非難の中には、的外れなものが多かった。例えば、彼女の行為はノーベル平和賞に値しない、剥奪すべきだ、と言うものだ。映画「ザ・レディ・アウンサン・スーチー」、フランス、イギリス。と言う映画を見て欲しい。ノーベル平和賞は危険な軍部から、彼女の身を守る為に、彼女の夫が申請したものなのだ。彼女は最初の民主化選挙の運動中、何度も軍からの妨害を受け、直接銃口を向けられた事もあった。その時、彼女はミャンマーの伝説となる行動を取った。彼女は銃口に向かって歩み続け、銃口の前に一人立ち塞がったのだ。彼女の夫はそれを聞き、いつか妻が殺されるかも知れない、と感じた。ノーベル平和賞候補に名前が挙がれば、まさか間違って射つ事はないだろう、と言う夫の切ない思いから申請された事なのだ。それを剥奪せよ、などと言うのは酷すぎる言い方だ。彼女は今現在も軍部にとって最大のターゲットなのだから。

 考えて見て欲しい、ロヒンギャ問題で、ミャンマー政府や、スーチーが非難され、それによって得をするのは誰なのかを。スーチーが表だって、国籍のないイスラム教徒のロヒンギャへの支持を表明し、援助をすれば仏教界と一般大衆の支持を確実に失うだろう。彼女の政権を実現させ、支えたのは、民主活動家の学生と一般大衆、それに仏教界の僧侶達だ。彼女が人道的に動き、発言すればする程、それらの勢力は彼女から離反しかねない。しかし、かと言って何も発言せず、表向き静観を続ければ、世界中の世論が非難に回り、彼女の今までのイメージをダウンさせ、評判に傷を付ける。それこそが、誰かが常に望みつづけているものなのだ。

 誰かが望み、引き起こさない限り、この様な悲劇的で、大規模な事態は起こり得ないだろう。スーチーがこの事態にどう対処するか、130もいる全ての少数民族は独自に武装し、いざとなれば政府に激しく抵抗する事も辞さない。軍事政権時代に軍は2/3の民族と平和協定を結ぶ事に成功したが、残り1/3との協定には失敗している。ロヒンギャの扱い次第によっては、他の少数民族への火種になりかねないのだ。

 私達は民主的な選挙により、ミャンマー社会主義政権は終わり、完全な民主国家になった、と誤解している所がある。とんでもない間違いなのだ。社会主義政権の当事者である軍はまったくの無傷であり、しかも憲法により、その勢力の維持は保証されている。国内には今だに数千人の政治犯が劣悪な環境の刑務所に収容されているのだ。憲法によって、国軍・国境警備軍・警察軍の三軍の大臣は軍の指名により決定され、政府与党には一切の軍事指導権が存在しない。

 軍は今も少数民族への弾圧や虐殺、レイプなどを行っている。ロヒンギャへの軍の対応は、ある種、ホロコーストを思わせるような酷いものがある。残念ながら、スーチーにそれを止める権限はない。彼女に出来るのは事態の拡大を防ぎ、状態を固定化する事だろう。その上で、自分への非難と引き換えに、軍と大衆を納得させる道を模索するだろう。それは困難な道だが、彼女はきっと遣り遂げるだろう。なぜなら、彼女は15年間の自宅軟禁に耐え抜いた女性なのだから。

 最後に彼女の言葉を一つ。

「私たちの自由の獲得のため、あなたの自由を行使してください」 アウンサン・スーチー。

 それではこの辺で、ゴキゲンヨウ・・・。

 

● morino-shimafukurouからのコメント

 ミャンマー軍がクーデター 、 スーチー氏を拘束」というニュースが1日、突然入ってきました。今回の「西田エッセイ」は、7日の日曜日に掲載するつもりでしたが、急遽今日にすることにしました。これは3年前の文章ですが、みなさんのミャンマー理解の一助になればと思います。

                     (2021・2・2)