虹の里から

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西田エッセイ  第七回  (全10回)

西田孝志・連載エッセイ「私の映画案内」㉒

          「イラン映画へのお誘い」

 皆さん今日は、春ですね!春になると何故か故郷を思い出します。学び舎も人もみんな変わったけど、緑の山々や溢れる光、のたりと波打つ海を渡る、暖かい風、それらは多分変わっていないでしょう。遠くに有りて、いつも思っております。

 さて、今回は皆さんに三本のイラン映画をご紹介したいと思います。なぜ今イラン映画なの?と疑問に思われる方も多いか、と思いますが、色々説明するよりも、まず映画を見て欲しい、と言うのが一番の気持ちです。とても優れた良い映画なのです。見ればイラン人に対する見方が一変します。と言っても私の一方的な思い込みかも知れませんので、簡単に内容を説明して、ご判断を仰ぎたいと思います。3本の映画の題名です。1本目「セールスマン」アカデミー賞外国語映画賞受賞作品です。2本目「彼女が消えた浜辺」。3本目「ある過去の行方」フランス、イタリア、イランの合作映画ですが、オールイラン人キャストの映画です。3本の映画に共通して描かれているのは、ごく普通で、当たり前の生活を送る、普通の人々です。彼らの普通の生活を通して、彼らに起こるさまざまな事件や出来事が描かれています。この事には一つの理由があるのです。イランでは政治や宗教上の戒律に反する事象を描く事は出来ません。ムスリムの教えは絶対であり、批判することや偶像崇拝に繋がる事は描けないのです。これらはタブーであり、ゆえに描けるものは限られてきます。その一つが普通の人々と言う事になります。私は基本的に映画とは、人間を描くものだと思っています。一人の人間がある選択を行う、なぜその様な選択をして、どの様な結果が生じ、それをどう受け止め、受け入れるか、一連の行動を貴方に変わり、描くのが映画なのです。人間の行動には常に原因と結果があります。イラン映画では常に原因と選択、その結果が明確に描かれます。そして何よりイラン映画の素晴らしい点は、提示された結果に対し、謎解きのように原因の追及が行われていく点にあります。それはまさに上質な推理小説そのものなのです。

 いづれの映画も、まず事件の結果が提示され、係る人々が描かれます。「セールスマン」ではまず一人の妻です。彼女は夫と共に新居へ引っ越ししますが、男に新居へ侵入され、レイプされます。しかし、彼女はその事を夫に告げません、言えないのです。ムスリムの戒律では夫以外の男性との交渉はいかなる事情があろうとそれだけで即離婚となります。これは余談ですが、ユーゴのコソボ紛争の時、ムスリムの女性が集団でレイプされたのはこれが一因でもありました。彼女の夫は自分の妻に何かが起きた事を悟ります。そして少ない手掛かりから徐々に真実に近づいて行きます。しかし真実を知り、それを公にすれば夫婦は終わります。知ってはならない、でも知らずにはすまされない真実なのです。人間として貴方ならどうしますか、重い問いかけです。

 2作目の彼女が消えた浜辺では、一人の若い女性が浜辺から失踪します。失踪後、彼女には婚約者がいて、彼に無断で浜辺に来ていた事が判明します。これは重大な戒律違反なのです。婚約者の許可なく、未婚の女性が旅行する事など出来ないのです。それなのになぜ彼女は浜辺に行ったのか、理由が徐々に明かされて行きます。そこには、人間の持つ優しさや、親切心、同性への同情や労い、など諸々の善とも言える感情が存在するのですが、それらこそがこの悲劇の原因となるのです。そして、事態は収斂し、最終的に誰を悪者にするのか、誰を最も不名誉な立場に立たせるのか、選択を迫られるのです。貴方なら、どの様な選択をするのでしょうか。

 3作目「ある過去の行方」。この映画は少し特異な視点を持った映画と言えます。妻との離婚をする為に、イランからフランスに来た男性の目を通してある出来事とその結果が語られます。彼がフランスに来てみると、妻はすでに他の男性と公然と付き合っていました。フランスにしばらく滞在する事になった男は、そんな妻や同居する自分の娘の言動に何か不穏で徒ならぬものを感じ、彼なりに原因を突き止め、解消しょうと動きます。ミステリー小説の様にさまざまの事象の原因がある一点の事件に集約されていきます。この謎解きの過程は実に見事です。そして最後に実はこの映画は、人間の不信や裏切りを扱った映画なのではなく、人間の真の愛情の映画なのだと教えてくれるのです。男と女は別れますが、そこに不信や怒りは有りません、赦しと癒しが後に残ります。人間を見つめた素晴らしい作品です。

 いづれの作品も、人間を見つめ、探求し人間の原因を探ろうとした秀作な映画だと思います。イランの映画レベルはとても高く、映画への深い愛と歴史を強く感じさせてくれます。イラン革命以降、革命の持つ熱気と混乱の中で、この国は他者から見ても明らかに誤りと言える、多くの失敗を犯しました。アメリカ大使館占拠事件に依り、国際的に孤立し、テロ国家の印象を世界に植付けました。周辺アラブ諸国シーア派住民に対して、イスラム革命への参加を呼び掛け、湾岸諸国や、とりわけ住民の60%がシーア派である、隣国イラクに多大な脅威を与えました。この対立はシーア派スンニ派の宗教対立となり、アラブ諸国シーア派住民への迫害や弾圧を引き起こし、最終的に、イラン・イラク戦争へと繋がって行くのです。戦争は8年続き、双方で150万人の死傷者を出しました。イランは今現在もなお戦後復興の途上なのです。そのイランは現在アメリカからテロ支援国家に指定され、経済制裁を受けています。一方的にやっと決まったはずの原子力協定から離脱し、テロ国家だと決め付ける事が国際的に正しい事なのでしょうか。どうかせめてもイランの人々が、どんな人々で、どんな生活をして、どんな考えをしているのか、それらを少し知って判断しても遅くはないと思うのです。

 それではこの辺で、ゴキゲンヨウ・・・・。

                     (2021・1・8)